桜花彩麗伝

 不当な高利貸しや窃盗、露天商(ろてんしょう)から場所代を巻き上げるなどといった違法行為は、榮瑶が州牧であった間は看過(かんか)されてきた。
 しかし、朔弦は怯まず堂々と摘発(てきはつ)し、問題化するつもりでいる。
 それこそが糸口となりうるであろう。

「榮瑶。おまえを州尹とし、莞永と旺靖のふたりを州官に任ずる。州内を巡回し、紅蓮教徒を見かけ次第、現行犯で捕らえてこい」

「そ、そんなことしたら……!」

 容燕に睨まれるどころか、その怒りを買って報復として命を狙われるのではないだろうか。
 榮瑶は青ざめたが、朔弦は一貫して揺るがぬ態度で言った。

「心配はいらない。すべての責任はわたしが負う」

「謝州牧……」

「州府へ連行してきたら、捕縛(ほばく)したまま中央へ護送する。王直々に取り調べてもらうとしよう」

「は、はい!」



     ◇



 堂をあとにした三人は、事前に橙華と示し合わせていた町角で彼女を待った。
 ややあって現れた橙華はどことなく顔色が悪く、足取りも重たげである。

「橙華? 何かあったの?」

 俯いて歩く彼女に駆け寄り、心配そうに尋ねる。
 しかし「いえ」と力なく首を横に振るのみで何も答えない。

「用事は済んだのか?」

「あ、はい。買い出しをして参りました。お待たせしてすみません」

 “偽装”のために抱えた書物(しょもつ)を掲げてみせる。
 何ら怪しまれている様子はなかったが、一様に案ずるような眼差しを向けられた。

「ねぇ、大丈夫? 具合でも悪いんじゃない? 顔色がよくないわ」

「いえ、そんなこと……」

「無理しないで。紫苑、先に橙華を連れて宮殿へ戻ってくれない?」

「かしこまりました」

 春蘭の言葉を受け、頷いた紫苑は橙華を伴って歩き出した。
 彼女は終始沈痛な面持ちではあったが、一礼を残し、素直に従って往来の人混みに溶けていく。
 ふたりを見送ると、緩やかな歩調で櫂秦とともに歩いた。

「……大丈夫かしら」

「んー、何か様子変だったよな」

 彼が同調したそのとき、すぐ目の前の岐路(きろ)を数台に連なる軒車が通り過ぎていった。
 通常の軒車とは異なり、人の乗る箱部分が木製の格子(こうし)になっており、それぞれに数人ずつ詰め込まれている。
 拘束されている彼らの両手足を見れば、ひと目で罪人であることが分かった。
 あれは護送用の軒車であろう。

 ものものしい雰囲気に思わず足を止めたとき、隣で櫂秦が息をのんだ気配があった。ふらりと足を踏み出す。
 迷い、躊躇うようであった足取りが次第に駆け足となり、どこかへ一直線に走っていってしまう。

「え……櫂秦!? どこ行くの?」

「悪ぃ、すぐ戻る!」
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