桜花彩麗伝

 絢爛豪華(けんらんごうか)な広々と美しい部屋の中で、華やかな衣装を身にまとい、大勢の女官や内官にかしずかれるのは、不安を上回るほどの快感であった。
 本物の妃に対するものと相違(そうい)ないほどのつかの間の特別待遇は、春蘭が彼ら彼女らにそうするよう言い渡したからこそであったが、芙蓉にとっては夢のようなひとときとなった。

「着替え、わたしも手伝うわ。慣れないと飾りも重くて大変だったでしょ」

 春蘭は気遣ってくれているのであろうが、そのひとことを一瞬、嫌味と捉えてしまった自分に驚いた。
 同時に夢から覚めるときが来てしまったのだと悟る。

「……はい」

 衣装部屋へ移ると、女官たちの手により瞬く間に元通りとなった。
 春蘭が丁寧に髪飾りを外してくれるが、頭が、身体が軽くなるたびに、開放感ではなく虚無感に包まれていく。
 鏡に映った自分は、いつの間にかただの素朴(そぼく)な娘になっていた。
 いち女官、いち侍女へとすっかり逆戻りである。

「…………」

 しかし、一度でも味を覚えてしまえば容易に忘れられないというのが人間の(さが)である。
 芙蓉もまた、自分でも気づかないうちにあの高揚感の(とりこ)になっていた。



     ◇



 柊州にて正式に州牧に就任した朔弦から、捕らえた紅蓮教徒を護送した旨の記された書翰(しょかん)が届いた。
 彼らを王自らが尋問するよう進言も添えられており、煌凌はその(ふみ)を片手に錦衣衛へ向かっていた。

 肝の座った不敵な朔弦はさすがと言うべきか、容燕や蕭派の報復も恐れず、堂々と強硬(きょうこう)手段に出たようだ。
 このまたとない好機をものにしなければならない。彼の施してくれた膳立てを無駄にしないよう。

 兵たちが(せわ)しなく動く錦衣衛へ足を踏み入れた王は、その中にある牢へと向かう。
 罪人たちがひしめき合う格子(こうし)の手前に、なぜかひとりの禁軍兵がいた。
 着崩した兵装束(へいしょうぞく)をまとい、痛切な面持ちであった彼は、煌凌に気がつくと脇目も振らずに駆け寄ってくる。

「そなた……」

「おまえ、王サマなんだよな!?」

 吠えるような勢いで彼は言った。
 見覚えがあると思ったら、桜花殿に配された護衛のひとり、櫂秦であった。
 ()された煌凌は戸惑うように目を(しばたた)かせる。

「そ、そうだが……」

「なあ、頼む! 兄貴を助けてくれ……!」
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