桜花彩麗伝

 殺されない確信があったからこそ、大胆な選択ができたのである。

『そうは言ったってよ……』

『何より楚家や商団のために、僕ができることはそれくらいしかない。そうだろ?』

 この追い込まれた状況においては、やるしかなかった。
 珀佑は笑みさえたたえながら言ってのけた。そのことに関しては露ほどの後悔もないようだ。

「……それで、兄君(あにぎみ)はどうなったんだ?」

「王サマがひとまず羽林軍の方の(ごく)に移してくれた。錦衣衛より安全だから、って」

 櫂秦の兄ゆえに個人的な特別措置を施したのみならず、事情を(かんが)み、紅蓮教の内情を知る証人として保護されることとなったのである。
 身の安全は担保(たんぽ)されたも同然だが、紅蓮教徒の一員であったことは事実であるため、現状はあくまで“罪人”という扱いになる。
 櫂秦が手放しで喜べない理由はそこにあった。

「……きっと大丈夫よ。見つかったんだもの。うまく運ぶわ」

 ひとまず兄の無事に安堵し、強い覚悟に圧倒され、そしていまは不安に(さいな)まれている。
 それでも、そんな春蘭の言葉にいくらか心が軽くなった櫂秦は、少しばかり肩から力を抜くことができた。



     ◇



 さらに蕭派と紅蓮教を追い込むべく、朔弦が柊州全域に百馨湯の独占禁止令を発令してから数日が経過した。

 市場には百馨湯が出回り始め、疫病(えきびょう)の威力はいくらか()がれていた。
 禁止令のみならず、一部の紅蓮教徒が捕縛(ほばく)されたことを受け、癒着(ゆちゃく)の発覚を恐れた蕭派が手放し始めているのであろう。

「薬材が出回るのはいいことですけど、ちょっとまずいですよね」

「ええ、このままなかったことにされるかも……」

 眉を下げる莞永に榮瑶が頷く。
 禁止令のお陰で安全に百馨湯を手放す口実を得たため、癒着の間接証拠となりうるそれを手放すことで逃れようという魂胆(こんたん)だろう。
 傍観していては、禁止令を出した意味がなくなってしまう。

「癒着を証明する決定的な証拠を掴まなければな」

 予想通りとでも言いたげに、朔弦は落ち着き払って言った。

「……そんなのあるんすか?」

「奴らの根城に踏み込めば分かる」
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