桜花彩麗伝

 訝しむ旺靖に答えた声は決然としていた。
 桜州の千江寺とは別の、柊州内に置かれた拠点であれば、州牧の権限を行使してすぐにでも立ち入り調査をすることができる。

 ────かくして、州府は少ないながら総力を挙げ、紅蓮教徒の根城(ねじろ)へと踏み込んだ。
 居合わせた教徒たちを捕縛(ほばく)し、朔弦の言うような“決定的な証拠”とやらをくまなく捜索する。

 やはりと言うべきか、出し惜しんでいたのであろういくらかの百馨湯が発見され、彼らは観念したように縄にかかった。
 しかし、それだけでは成果があがったとは言い難い。
 それぞれ、特に榮瑶は血眼(ちまなこ)になって根城の隅々まで探し回った。存在するのかどうかすら定かでない、証拠を。

「これ、って……」

 果たして、彼は床下から折りたたまれた一枚の料紙(りょうし)を見つけ出した。
 ただの紙きれ一枚、しかしそれは急転直下のまさに決定的証拠であった。

「謝州牧!」

 慌てたように呼んだ榮瑶の掲げるそれを、手に取った朔弦は謹厳(きんげん)な面持ちで目を見張る。

「これは────」

「何なんですか? それ……」

「土地の権利書だな」

 覗き込んだ莞永の問いに淡々と答える。
 柊州内のある領地(りょうち)の権利書。それのみでは何ら異変も違和感もない代物だが、問題はその所有者であった。

「蕭家の荘園(しょうえん)じゃないですか! ということは……」

「ああ、これで連中の癒着(ゆちゃく)を暴ける」

 莞永と榮瑶は顔を見合わせ、毅然と頷き合う。圧倒されたように旺靖は口を噤んでいた。
 朔弦の度胸と榮瑶の執念、ひいては州府の尽力が掴んだまたとない機会である。
 手にした権利書を、朔弦は強く握り締めた。



     ◇



 一夜明けると、櫂秦の希望を受け、春蘭たちは錦衣衛へ赴くこととなった。
 それがなくとも珀佑と(じか)(かい)し、その話を聞いてみたいところであった。

「参りましょう、婕妤さま」

「え、ええ……」

 状況に似つかわしくない、どこか浮ついたような雰囲気を醸し出している芙蓉の様子に、頷きながらも違和感を覚える。
 その耳に揺れる玉の耳飾りや指に光る翡翠(ひすい)の指輪を認め、眉をひそめた。

「芙蓉、それはどうしたの?」

「婕妤さまの宝石箱から拝借(はいしゃく)しました。以前、好きに使っていいとおっしゃられてたので」

「そうだけど……それはあの成り代わりをお願いしたときの話よ。いまのあなたの本分(ほんぶん)は女官のはず」

 いち女官が必要以上に着飾ることは、しきたりと規則の上で認められていない。
 罰せられるのは芙蓉のみに留まらず、その主である春蘭も同様に責任を問われる羽目になる。
 春蘭付きの女官である彼女の言葉と行動に、その責任がついて回るのは後宮の(ことわり)であった。
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