桜花彩麗伝

「……この程度の自由も認められないなんて、女官って窮屈(きゅうくつ)ですね」

「え……?」

 ぽつりとこぼされたぼやきは、春蘭のよく知る芙蓉から発せられたものとは思えず、つい呆気(あっけ)に取られてしまう。
 困惑していると、廊下側から衣装部屋の扉が開けられた。

「婕妤さま、芙蓉さん。表で紫苑さんたちがお待ちですよ」

「あ……ごめんね。いま行くわ」

 廊下から顔を覗かせた橙華に()かされ、妙な感覚を拭えないながらも春蘭は桜花殿を出た。
 不承不承(ふしょうぶしょう)ながら(とが)められた通りに飾りを外した芙蓉もまた、そのあとに続く。
 錦衣衛へ向かう道中、春蘭は何度も彼女を窺ってしまったが、その視線が合うことは一度もなかった。



 紅蓮教徒の投獄されている牢へ着くと、そこには煌凌の姿もあった。
 何やら慌ただしく動き回っている錦衣衛の兵たちを訝しみつつ、彼のもとへ寄る。

「騒がしいみたいだけど、何かあったの?」

 振り向いた煌凌は「春蘭……」と呟いた。その顔色は優れず、何やらよからぬ予感がする。
 牢を覗いた櫂秦は眉を寄せた。
 中には誰もおらず、血の染みた(むしろ)のみが残されている。

「獄中にいた教徒たちが全員、死体となっているところを発見されたのだ」

 その言葉に息をのむ。ぞっと背筋が冷えた。

「兄貴は……!?」

「案ずるな、無事だ。菫礼が見張っている」

 櫂秦は心から安堵した。引いた血の気が戻り、全身の強張りがほどける。
 しかし、(かんば)しくない事態に陥っていることに変わりはなかった。

「口封じということでしょうか。もしかすると、錦衣衛の中にも間者(かんじゃ)が紛れ込んでいるのやも」

 捕らわれた教徒全員が殺害されていること、(むしろ)に血痕が残っていることから、獄中で手を下されていることは間違いない。
 険しい表情で言う紫苑に「そういうことだよな」と櫂秦が頷く。

「そんで、王サマが尋問する前に始末した」

「それじゃ下手に捕らえると、情報源を失いかねないわね……」

 しかし、かと言って野放しにしておくわけにもいかない。
 とにかく早急な事態の収束が求められる。
 煌凌は決然と顔を上げた。

「ひとまず羽林軍の獄へ行こう。楚珀佑から改めて話を聞きたい」
< 408 / 536 >

この作品をシェア

pagetop