桜花彩麗伝
「……この程度の自由も認められないなんて、女官って窮屈ですね」
「え……?」
ぽつりとこぼされたぼやきは、春蘭のよく知る芙蓉から発せられたものとは思えず、つい呆気に取られてしまう。
困惑していると、廊下側から衣装部屋の扉が開けられた。
「婕妤さま、芙蓉さん。表で紫苑さんたちがお待ちですよ」
「あ……ごめんね。いま行くわ」
廊下から顔を覗かせた橙華に急かされ、妙な感覚を拭えないながらも春蘭は桜花殿を出た。
不承不承ながら咎められた通りに飾りを外した芙蓉もまた、そのあとに続く。
錦衣衛へ向かう道中、春蘭は何度も彼女を窺ってしまったが、その視線が合うことは一度もなかった。
紅蓮教徒の投獄されている牢へ着くと、そこには煌凌の姿もあった。
何やら慌ただしく動き回っている錦衣衛の兵たちを訝しみつつ、彼のもとへ寄る。
「騒がしいみたいだけど、何かあったの?」
振り向いた煌凌は「春蘭……」と呟いた。その顔色は優れず、何やらよからぬ予感がする。
牢を覗いた櫂秦は眉を寄せた。
中には誰もおらず、血の染みた筵のみが残されている。
「獄中にいた教徒たちが全員、死体となっているところを発見されたのだ」
その言葉に息をのむ。ぞっと背筋が冷えた。
「兄貴は……!?」
「案ずるな、無事だ。菫礼が見張っている」
櫂秦は心から安堵した。引いた血の気が戻り、全身の強張りがほどける。
しかし、芳しくない事態に陥っていることに変わりはなかった。
「口封じということでしょうか。もしかすると、錦衣衛の中にも間者が紛れ込んでいるのやも」
捕らわれた教徒全員が殺害されていること、筵に血痕が残っていることから、獄中で手を下されていることは間違いない。
険しい表情で言う紫苑に「そういうことだよな」と櫂秦が頷く。
「そんで、王サマが尋問する前に始末した」
「それじゃ下手に捕らえると、情報源を失いかねないわね……」
しかし、かと言って野放しにしておくわけにもいかない。
とにかく早急な事態の収束が求められる。
煌凌は決然と顔を上げた。
「ひとまず羽林軍の獄へ行こう。楚珀佑から改めて話を聞きたい」