桜花彩麗伝

「あは、運はいいみたいで。でも結局、大した情報も掴めなかったですしね。特に肝心の(かしら)に関して分かったことは皆無(かいむ)だ」

「なに言ってんだよ。無事だっただけで十分だって」

 櫂秦の言う通りだ。しかし、そんな紅蓮教の性質を思えば、珀佑の正体や裏切りが露呈(ろてい)した途端に命を狙われることになりかねない。
 それぞれが至ったであろう懸念を覚えたのは、煌凌も例外ではなかった。

「そなたさえよければ、このまま羽林軍で匿おうと思うがどうだ? 無論、ここにいる面々はいつでも面会を許可しよう」

 それが最善だろう。櫂秦が窺うように見やると、果たして彼は頷いた。

「そうしてもらえるなら、お言葉に甘えて。感謝します」

 胸に手を当て、優雅な仕草で小さく頭を下げる。それから珀佑はふと口元を綻ばせた。

「安泰だなぁ、この国は……。強く聡明(そうめい)な王さまと、それを支える優しいお妃さまがいて」



     ◇



 羽林軍に櫂秦を残し、煌凌と別れた春蘭は居所(きょしょ)への道を引き返した。
 彼ら兄弟ふたりの様子を目の当たりにし、感慨深そうに呟く。

「でも本当によかったわよね、櫂秦たち。どうなることかと思ったけど、ああして無事にまた会えて」

「ええ、本当に……。櫂秦の言う通り、珀佑殿の思惑通りなら恐ろしいほどですが」

 紫苑は頷きつつも苦笑する。
 さすがは楚家出身というだけあり、生粋(きっすい)の商人の血が流れているのかもしれない。本家の冷遇(れいぐう)は門違いもよいところだろう。
 鋭く計算高い慧眼(けいがん)の持ち主を見抜けないとは、彼らの方が節穴である。
 もっとも、それも珀佑の思惑かもしれないが。

 と、後方を歩いていた芙蓉がおもむろに歩み出て、春蘭の隣に並ぶ。

「あの、婕妤さま。もしまた宮外へ出る用事があったら、わたしがいつでも代わりを務めますから」

「……ありがと」

 桜花殿を出る前の妙な態度ではなくなっており、その様子にいささか安心しながら答える。
 ありがたい申し出ではあるが、夢幻への現状報告も補給も十分であり、当分はその予定もない。

 そう思ったが、ふと珀佑から聞いた話が蘇った。
 ────紅蓮教徒と結託する蕭派もまた、百馨湯を隠し持っているという。

『ああ、戸部尚書は白文禪という男。その本邸は柊州にある』

 桜州を()つ前、朔弦はそう言っていた。

『姫さま……?』

 その白家の別邸を思わぬ形で見つけた春蘭は、その若君(わかぎみ)とも思わぬ形で出会ってしまった。
 何も言わずに去ったが、あれから心の片隅で絶えず気にかかっていた。
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