桜花彩麗伝
窺うような表情がいじらしく、否定も肯定もできなかった。
何となく心苦しく思いながらも、春蘭は「実は」と口を開く。
紅蓮教や百馨湯の一件について包み隠さず伝えると、淵秀はかなり衝撃を受けたようであった。
父親や蕭派の所業には、やはり一切関与していないらしい。
「父上がそんなことまで……」
揺らぐ双眸を紫苑は慎重に見やった。この動揺が偽りであるようには、どうしても見えない。
そう思いながらも探るようなもの言いをしてしまう。
「……確か白家の本邸は柊州にあるのですよね」
「え? ああ……」
「戸部尚書であるお父上はともかく、なぜ若さまもこちらにいらっしゃるのですか?」
唐突な問いかけのようにも思えたが、そう尋ねた意図は淵秀自身にも察しがついた。
文禪と共謀の上、柊州で足がつく前に逃亡を図った可能性を危惧しているのであろう。
「殿試を控えているんだ。もうひと月もない」
科挙の実質的な最終試験である“会試”に合格した者が受ける最後の試験が“殿試”と呼ばれるものである。
宮殿に一堂に集められた及第者が、王や朝廷の重臣たちの面前で受けることとなる。
「殿試!? すごい……」
つい本音をこぼした春蘭は素直に感嘆してしまった。
文科挙は官吏登用のための試験であるが、栄達を左右するために競争率と難易度の非常に高いものである。
男子であれば家柄や身分を問わず受験資格を有するが、及第するには幼少期からの徹底的な英才教育が必要とされた。
そのため、そもそも莫大な資金が必須であり、実際に受ける者の大半は貴族の子息たちばかりである。
およそ一年ほどかけ、郷試や州試といった数々の試験に合格し、さらには会試を通過した者のみがたどり着く最終試験が殿試なのであった。
淵秀はその厳しい戦いを制し、勝ち残っているわけである。
春蘭の率直な賛辞に、彼はどこか照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます、姫さま……。ですが、これくらいは当然です」
それは自慢でも嫌味でもなく、文字通りの意味でしかなかった。
白家の嫡男として、文禪の子として生まれた以上、それは前提であり、特別誇るべきことではない。
どこか寂しげなその表情を目の当たりにし、紫苑の中の疑念が霧散していく。
「……失礼しました。大変な時期にこのようなことを」
「いや、気にしないでくれ。きみの懐疑はもっともだと思うから」
淵秀の優しい語り口は終始変わらない。
父親に対して従順であっただけに、例の件は受け入れ難い事実のようにも思われたが、彼は意外と冷静であった。
大人びたその性格は、よくか悪くか幼少の頃より彼の置かれてきた環境によるのだろう。