桜花彩麗伝
第十九話
朔弦はじめ州府により、紅蓮教や蕭派が着々と追い詰められている現状に焦燥を覚えた文禪は、柊州の本邸へと帰還していた。
このまま傍観していては、白家までもが打撃を受ける羽目になろう。
「文禪さま、ただいま戻りました」
夜半、黒装束で現れた部下の報告を受け、文禪は頷く。
彼らには、紅蓮教の保有しているまだ露呈していない分の百馨湯を盗み、手当り次第、蕭派の家々に密かに置いてくるよう指示を下していた。
「成果はどうだ?」
「難なく済みました。州府には“紅蓮教だけでなく蕭派の屋敷にも百馨湯が隠されている”と密告を」
それを聞き、満足気にほくそ笑む。計画は順調であるようだ。
文禪は蕭派としての地位を強固に確立するべく、他家を蹴落とすことに目的を切り替えたのであった。
いざというとき、容燕の庇護を存分に受けられるよう仕向けたのである。
癒着の露呈を恐れ、百馨湯を手放している蕭派の家々には改めてものを仕込む必要があった。
州府が密告の内容を掴んでいようがいまいが、これで蕭派の屋敷に踏み込む口実ができたこととなる。
「さて、謝朔弦はどう動くか……。いずれにしてもこれで白家は安全、安泰だな」
◇
翌日、例の密告を受けた州府の面々は蕭派の屋敷へも立ち入り調査を行う運びとなった。
都合よく正当な口実を得ただけに、罠なのではないかと警戒した朔弦であったが、実際に彼らの家々からは百馨湯の現物が発見された。
独占禁止令により、残らず処罰の対象として検挙するに至り、特に榮瑶は安堵したように記録書をしたためていた。
「嬉しそうですね、蕭州尹」
にこやかに莞永に話しかけられ、榮瑶は頷く。
「よかったです。あの決定的な証拠を手に入れたとはいえ、蕭派にはこのまま逃げられるんじゃないかと思ってたから……」
「誰だか分からないですが、密告してくれた人には感謝ですね」
素直に喜びを顕にするふたりに対し、朔弦は何やら険しい表情をたたえていた。
彼のみならず旺靖もまた、解せない様子で腕を組んでいる。
「どうかしたの? 旺靖」
たまらず莞永が尋ねると、彼は不可解そうな難しい顔つきのまま答える。
「いや……誰が密告したのかなって。やっぱ紅蓮教徒か、蕭派っすかね?」
「……そうだろうな」
首肯したのは朔弦であった。筆を置き、机上で手を組む。
「宮殿へ護送した教徒たちが口封じのために殺されたことと関係があるのやも」