桜花彩麗伝
────かくして柊州州都・冴玲にあった根城は崩壊し、泣く子も黙る武者集団として名を馳せていた紅蓮教の権威は、瞬く間に地に落ちる羽目になった。
回収した百馨湯は順次、医院などにいる疫病患者に配給し、薬材が手に入らないという危機的状況を脱するに至った。
ほどなくして高騰も落ち着き、疫病も終息していくことであろう。
寒々しく褪せていた柊州に、久方ぶりに陽の光が射して少しした頃、朔弦は榮瑶を呼びつけた。
「お呼びですか? 謝州牧」
平和が戻りつつある現状を誰より喜んでいる彼の顔からは近頃、笑みが絶えない。
州民たちにも笑顔が戻り、すれ違えば以前のように挨拶を交わし、商いを休んでいた店も活気を取り戻し始め、かつて“商人の町”と名高かった柊州の賑わいが過去のものではなくなっていた。
そのことが、榮瑶には何より嬉しいのである。
「一度、王都へ向かい陛下と謁見する。おまえも州尹として同行しろ」
◇
朔弦から届いた書翰には、柊州での一部始終と結末が細かに記されていた。
万事解決とはいかなかったようではあるが、一件落着と見て相違ないだろう。
「よかった……。さすがは朔弦さまね。こんな短期決戦で勝っちゃうなんて」
「権利書の行方が気になるところですが、紅蓮教が解体されたなら柊州を取り巻く問題からも解放されそうですね」
ほっと安堵したように言う春蘭や紫苑の言葉を耳に、櫂秦はそわそわと落ち着かない素振りを見せていた。
「なあ、俺……」
「ええ、行ってきて。珀佑のところに」
こくりと頷いた櫂秦はすぐさま踵を返し、桜花殿から飛び出していった。
これで珀佑が命を狙われる謂れもなくなった上、雪花商団を復興させる目処が立ち、楚家も窮地を脱することができたわけである。
羽林軍の獄舎で兄と顔を合わせるなり、櫂秦は嬉々として書翰の内容を伝えた。
ひと通り聞き及んだ珀佑は心底安堵したように息をつき「よかった」と笑みをこぼす。
「これで商団を立て直せるね」