桜花彩麗伝
第四話
大臣と王が集って議論を交わす場である泰明殿にて、百官の前にひとりの臣下が歩み出た。
玉座に座る王を冷ややかな眼差しで見据えている彼は、蕭容燕だ。
「先日、主上が上奏文を認められましたゆえ妃選びを執り行います。礼部は急ぎ、禁婚令を敷け」
拝命した礼部尚書が頭を下げる。一連の流れを認めた王は唇を噛み締めた。
確かに玉璽は押された。王の意思ではないが、それは事実なのだ。
反論したくとも何も言葉が出ない。
「…………」
そんな王の様子を傍らから見ていた元明が、訝しげに眉を寄せた。
どうにも変だ。
蕭家側の臣下たちがこぞって満足そうな表情をたたえているところを見れば、尚さら違和感が膨らんでいく。
王に婚姻のことを相談された覚えはない。
宰相であることを抜きにしても、そんな重要なことを元明に何の相談もなく独断で決めてしまうとは思えなかった。
「……侍中、誠に主上がお認めになったのですか?」
そう言うと、厳しい顔つきの容燕がこちらを向いた。
元明の眼差しに不信感が宿っているのを悟り、不興を買ったらしい。
「ええ、そうですとも。これを見よ」
容燕は勝手に印を押したあの上奏文を、その場で掲げて見せた。
確かに玉璽は押されているが、それが王の意という証とは言えないのがこの国の現状である。
「……しかし、そのように重要なことは通常この場で話し合って決めるものです」
口を閉ざしている王を見て、容燕の独断なのではないか、と懐疑した元明は反駁した。
容燕はさらに不機嫌そうに眉をひそめる。
「宰相殿は……わたしをお疑いか」
「そのように思われることを防ぐためにも、不透明なやり方はお控え願いたい。それに、何ゆえその上奏文を侍中が持っているのです?」
普段は争いごとを好まず温和な元明が、ここまで容燕に反発してくれるとは。王は驚く。
何も語らずとも、真意を悟ってくれたことも嬉しかった。
こうして容燕に抗うことは元明を通してしかできない。
そもそも容燕に対抗できる存在は朝廷で元明くらいしかおらず、はっきり言って二家の勢力は王をも凌駕していた。
分が悪くなった容燕は、当てつけのように咳払いをする。
「主上に頼まれたのですよ。婚礼に関する一切の準備を進めよ、と」
やや投げやりに言う。
思わぬ言葉に瞠目した王は慌てた。
「余は、そのようなこと────」
「おっしゃいました。そうでしょう、主上」