桜花彩麗伝

第二十話


 しばらくぶりに桜州へ戻った朔弦とその一行(いっこう)は、休む間も取らず宮殿へと直行した。
 榮瑶だけは初めて訪れた王宮をもの珍しそうにきょろきょろと眺め、どこか緊張気味に歩を進めていた。

 謁見(えっけん)の申し出には既に許可が下りている。
 泰明殿へさしかかる手前で一度、朔弦は足を止めた。

「……旺靖は?」

 宮殿へ入ったあたりから姿が見えなくなったことを訝しむように尋ねる。
 莞永が「あ」と困ったような表情を浮かべた。

「謁見の緊張でお腹を下したとか……。彼、陛下にお会いするのは初めてなので無理もないかと」

「僕より緊張してる人がいたなんて。まだ戻ってこないとなると、このままお会いできないんじゃないですか?」

「……まあ、いい。我々だけで行くぞ」

 大して頓着(とんちゃく)することもなく、朔弦は再び歩を進める。
 苦笑をたたえる莞永と榮瑶は顔を見合わせ、旺靖に同情しながら追随(ついずい)した。



 泰明殿へ着到(ちゃくとう)すると、清羽が一礼で出迎えた。
 取り次ぎを受け、入殿を許す王の声を聞き、榮瑶の緊張はますます高まった。早鐘(はやがね)を打つ自分の心臓の音が耳元で聞こえるようだ。

 広々と煌びやかな泰明殿へと足を踏み入れる。
 正面扉から最奥(さいおう)の玉座まで、顔を伏せたまま朔弦に続いて中央を進んだ。
 やがて足を止めた彼に(なら)い、榮瑶と莞永も立ち止まる。

「柊州州牧・謝朔弦、並びに州尹・蕭榮瑶、州官・晋莞永、陛下にご挨拶申し上げます」

 堂々たるしなやかな所作を(もっ)て膝を折った朔弦は、官吏として正式な跪拝(きはい)の姿勢をとった。
 厳然(げんぜん)静謐(せいひつ)な場の空気に圧倒されつつも、榮瑶と莞永もあとに続く。

「────よくぞ参った。みな、面を上げよ」

 やがて耳に届いたのは、想像していたよりもずっと若い男の声であった。
 そのことにまず驚いた榮瑶は、しかし言葉通りに頭をもたげる。

 玉座に腰かけていたのは、黒々とした絹髪をそなえた、陶器のような白い肌の眉目秀麗(びもくしゅうれい)な青年であった。
 今上(きんじょう)陛下が若く麗しい王であることは耳にしていたが、いずれも思っていた以上である。年は自分と変わらないかもしれない。
 さすがは王たるゆえんか気品に満ちあふれているものの、どちらかと言えばその美麗さには儚げな深みがあった。

「そなたたちの活躍ぶりは聞き及んでいる。このわずかな間にかの邪教(じゃきょう)を退け、困窮(こんきゅう)(さいな)まれていた柊州を見事立て直した」

「お、恐れ多いことです。州府の一員として当然の務めを果たしたまでで……」
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