桜花彩麗伝

「気持ちは分かるけど、だからこそ太后はこの罰を命じたんだろ。おまえが出しゃばっても、春蘭の立場が悪くなるだけだぞ」

 添えた手から手応えが弱まったことで、櫂秦は彼を離した。口を噤んだ紫苑は息をつく。
 観念したという雰囲気はなく、逡巡(しゅんじゅん)しているかのような素振りがあった。
 ややあって静かに踵を返す。

「……おまえはここにいてくれ。陛下に会いにいってくる」



     ◇



 帆珠の入内(じゅだい)と春蘭への処遇を清羽から聞きつけた煌凌は、その窮地を悟るなりいても立ってもいられなくなり、足早に陽龍殿を出た。
 そのまま無心で飛んでいこうとするのを、行く手を阻むように朔弦が立ちはだかって制する。

「そこをどいてくれ、急がねば────」

「どうかご冷静に。陛下が介入しては、かえって春蘭が追い込まれかねません。あくまで後宮の問題ですから」

 当然それだけで聞き分けよく納得できるはずもなく、煌凌がなおも食い下がろうとしたところ、そこへ紫苑が現れた。
 いくらか焦燥(しょうそう)から立ち直ってはいるが、余裕を取り戻したとは言い難い。
 理性を頼りに礼を尽くし、懇願(こんがん)するかのように跪拝(きはい)の姿勢をとった。

「陛下……無礼を承知で申し上げます。どうか、お嬢さまをお助けください」

 その言葉にすぐさま朔弦が眉をひそめた。咎めるような鋭い眼差しを注ぐ。

「陛下のそばを、後宮を離れるなと忠告したはずだ」

「それは……」

「だからこうして足をすくわれる羽目になる。こたびのことは、言わば自業自得だろう」

 再会を喜ぶ間もなく叱責(しっせき)を受けることになろうとは情けない次第であるが、彼の言うことは正論でしかなく反論の余地もない。
 紫苑とて春蘭を救いたい思いはあるものの、その言い分には同感であった。
 しかし、そうして叱ることそのものは、とにもかくにもこの窮地を脱してからで十分だろう。

「朔弦さま、どうかそう言わず────」

()()()()のためか? いつもいつも、おまえがそこまで気を揉んで奔走(ほんそう)するのは。春蘭が傷つかないように。 (つまず)いて転んで、怪我をしないように」

「……そうです。わたしは、お嬢さまには笑顔でいて欲しいですから。辛い思いは絶対にして欲しくないんです」

「……それは結局のところ、春蘭を信用していないということだな」
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