桜花彩麗伝
王の文句を受け、清羽は隣を歩く菫礼を見上げた。
改めて見ても、自分より随分と背丈が高く、筋骨隆々とした体つきはいかにも勇猛そうだ。
それは清羽がかなり小柄であることに加え、菫礼がほかならぬ王専属の護衛なのだから当然と言えば当然なのだが。
今度は清羽も気色ばみ、ぷんぷんと怒り始めた。
「いいじゃないですか! 弱くてもおそばにいたいんですよ!」
王は「べ」と舌を出し、軽く清羽をあしらう。手馴れた対応だった。
菫礼は滅多に感情を表に出さなければ口数も少ない寡黙な男であり、いまも例に漏れず無表情を貫いている。
けれど、内心ではふたりの仲良しぶりに微笑ましさを感じていた。やはり決して表情には現れなかったが。
◇
わずかに開けた半蔀の隙間から、柔らかな風が吹き込んできた。
ほのかに花香の混じった、あたたかい風である。
執務室で書き物をしていた元明は、一度手を止め目を細めた。
情勢さえ鑑みなければ何と心地よい春だろう。
「元明」
戸の向こうからかけられた声に、はっと我に返った。
「入ってもよいか」
「どうぞ、主上」
かた、と硯に筆を置き立ち上がる。
部屋の中央にある円卓に歩み寄り、椅子を引いておいた。
音を立て扉が開き、執務室に王が入ってくる。
ここへ彼がやって来るのはそう珍しいことではなかった。
彼にとって元明の執務室は、いまの宮廷では唯一の安息の場なのである。
「…………」
しずしずと歩んできてちょこんと椅子に腰を下ろした王は、ひと目で分かるほど気落ちしていた。
俯いた顔はいつも以上に翳り、まとっている空気がどんよりと重い。
「茶と菓子を用意しますね。一緒に食べましょうか」
元明はにこにこと穏やかに微笑み、卓上の盆を引き寄せた。
茶壺から蓋碗に茶を注いでくれている。
「どうぞ」
つい、と差し出された碗からは湯気が立ち上った。
中を覗けば花が開き、爽やかで甘い香りが漂う。菊花茶だ。
幼い頃からここへ逃げてくると、元明はいつも菊花茶を淹れてくれた。
「……ありがとう」
こく、ひと口含む。ほんのり甘苦く、すっきりとした風味だ。
変わらない味にほっとした。
彼の前でだけは、いつも子どもに戻って本当の姿をさらけ出してしまう。