桜花彩麗伝
     ◇



 桜花殿の禁苑(きんえん)にある池の(ほとり)東屋(あずまや)に、ふたつの人影があった。
 緩やかな風にそよぐ(しゃ)の奥で、春蘭と芳雪は花茶を飲み交わす。

 芳雪は商団の仕事の一環として、装飾品や化粧品、絹などの売り子として宮廷を(おとな)った次第であった。
 普段は商団の生業(なりわい)には携わっていないが、こたびは珀佑のため、すなわち本家の説得のためにしばらくは手伝うこととなったのである。

 漂う穏やかな空気に浸りながら、蓋碗(がいわん)を置くとにこやかに切り出した。

「一時はどうなることかと思ったけど、またこうして話せて嬉しいわ」

「わたしも。楚家もいい方向に向かってるみたいでよかった」

「いろんな人のお陰でね。そう思うと、やっぱり春蘭に出会えてよかったって……櫂秦ともども思ってる。ありがとう」

「わたしは何も……」

「そんなことない。妃選びでも巫女が言ってたでしょ? “自然と人が寄り集まる”って。それだけの魅力と、集まった人たちの力を惜しみなく引き出せるのが春蘭の武器なのよ」

 思わぬ言葉に目を見張った。胸の内にあたたかい色が広がっていく。

 柊州のことも楚家のことも、自身が何らかのことを成し遂げた手応えはまったくなかった。
 気負っていただけに、そして朔弦や榮瑶の活躍を耳にしただけに、不甲斐なさを悔やんでいたところであった。
 彼女のような考え方などしたことがなかったが、わずかばかりうぬぼれてもよいのなら、お陰で少し心が軽くなったような気がする。

「……こちらこそありがとう。瑛花宮にいたときから、ううん、その前からも芳雪には何だか救われてばっかりだわ」

 ふふ、と彼女は笑った。

「一生懸命な子って素直で応援したくなるじゃない。それだけよ」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑った芳雪は、ふと思い出したように「そうだ」と手を打つ。
 持参していた包みを円卓の上に置いた。金糸(きんし)で刺繍の施された豪勢な布に包まれている。

「お世話になった諸々のお礼よ。これからも弟のことよろしく、っていう勝手な意味も込めてるんだけど」

 芳雪が肩をすくめて笑う。
 包みの中には上等な装飾品や化粧品の数々が入っていた。春蘭がこれから後宮を生き抜く上で、直接的な武器となる。

「こんなにたくさん……いいの?」

「ええ、もちろん。何だったらほかの品も見る? 春蘭には特別価格で売るわよ」



 鈴を転がしたような楽しげな声が響くのを耳に、櫂秦は東屋の方へ歩んでいった。
 凪いだ鏡池の水面を、百日紅(さるすべり)の花が覆っている。雨で散ったのであろうが、涼やかな(おもむき)(てい)していた。

「姉貴」
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