桜花彩麗伝
────察するに、そこには言葉以上の意味が含まれているようであった。
昨晩の出来事においても、春蘭の居場所においても。
少なくとも昨夜、当初懸念したような“間違い”は何ら起こっておらず、先に寝入ってしまった春蘭を寝台へ運んだ煌凌が、ただ同じ床についたに過ぎないのであろう。言わば添い寝である。
また、これから先、春蘭が露ほどでも“否”を示せば、何ごとも強いるつもりはないということだ。
ともに過ごすことのみならず、その座に留まることさえ────そもそも同じ分の想いや愛情を返されることすら望まないということ。
否、望んでも欲することなく、いついかなるときも春蘭自身の意を尊重するという宣言にほかならない。
「…………」
並大抵の覚悟ではない。紫苑は驚嘆してしまう。
王が春蘭を大切に扱うことそれ自体が蕭家への宣戦布告に値するが、もはやそんな次元での話ではなかった。
彼に自覚があるのかどうかは分からないが、その心は紛れもなく本物である。煌凌として、男として、春蘭へ向けるその想いは。
労わるように撫でられた髪が熱を帯びる。
春蘭は一拍置いたのち、曖昧に笑った。返すべき言葉を探り当てられず、どう受け止めるべきかも分からなかった。
ともに朝餉を済ますと、煌凌は朝議へ向かった。
入れ替わりで桜花殿を訪った朔弦は、円卓につくなり口を開く。
「女官が発端となってさっそく噂になっているぞ。おまえと王のことが。よかったな」
これまで頑として後宮や女人に関心を示さなかった王が、一転してひとりの妃に執心し、夜ごとともに過ごしてついに床入りを果たしたと、女官たちの間ではもっぱらの噂であった。
橙華なども例に漏れず、こぞって色めき立ってはしゃいでいる。
「ご、誤解なんです! 決して何もなくて……」
「分かっている、ほんの戯れだ。だが、何をそう慌てることがある? おまえの狙い通りだろう」
ふ、と朔弦は興がるような笑みをたたえた。以前と比べ、近頃は随分と表情豊かになったように思う。
春蘭は困ったような表情を浮かべた。
確かに桜花殿へ煌凌を呼んだのは、そういう噂を立て帆珠を揺さぶることが目的であった。嫉妬を掻き立てる手段として。
しかし、事実を越える流言にかくも動揺しているのは、内容が内容なだけに照れくさく気恥ずかしいばかりが理由ではない。
目に見えて分かる煌凌の変化に、明らかに戸惑っていた。
真正直な人だと分かりきっているからこそ、向けられる態度や言葉に嘘偽りが含まれていないことは自明で。
お陰で色事に疎い春蘭でさえ、身に余るほどの想いを注がれていることを自覚させられた。