桜花彩麗伝

「も、申し訳ございません! どうかわたくしを死罪に……!」

 真っ青な顔でくずおれた女官は、身体を震わせながらひれ伏した。
 いくら逆らえなかったとはいえ、己の仕出かした所業の重大さを身に染みて理解したようである。
 その姿が自身と重なった橙華は眉を下げた。

「顔を上げて」

 傍らに屈んだ春蘭は女官の肩にそっと手を添える。謹厳(きんげん)な面持ちで彼女を見据えた。

「このことを、主上や重臣(じゅうしん)たちの面前で証言してくれないかしら」

「え……」

 見張った双眸(そうぼう)が揺れる。
 春蘭は毅然として続けた。

「後宮での事件として取り沙汰しても、太后さまに握り潰されて終わりよ。だから、わたしは大事(おおごと)にするつもり。あなたには証人として協力して欲しいの」

「ですが、わたしは……」

苛烈(かれつ)な帆珠に仕え続けるのは、あなたの本意じゃなかったんじゃない?」

 不意に女官の瞳が潤み、浮かんだ涙が頬を伝う。
 春蘭の言葉が的を射ていたことは察するに余りあり、実際に機嫌次第で(しいた)げられることも少なくなかった。
 こたびの件にしてもそうだ。春蘭に恨みはないが、手に負えないじゃじゃ馬の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に命じられては、ほかに選択肢がなかった。
 拒もうものなら、死を意味する。それが後宮という場なのである。

「報復を恐れる必要はないわ。わたしが守る。そのあとのことは、奉公先(ほうこうさき)を移すも宮廷を出るもあなたが決めればいいから」

 凜然と朗々(ろうろう)たる言葉を受け、女官は強く頷いた。

「分かりました。……証言いたします」

「ありがとう」

 ほっとしたように強張りをほどいた春蘭は、紫苑と櫂秦を(かえり)みる。それぞれ頷き合った。
 帆珠との争いにおいては王手をかけたも同然と言える。

「これも証拠になるっつーわけだな」

 薬包(やくほう)を眺めつつ言った櫂秦に首肯(しゅこう)する。

「ええ、見つかってよかった。煌凌にはすぐにかけ合うわ」

「女官のこともご心配なく、お嬢さま。蕭帆珠に勘づかれても手出しできないよう、我々が保護します」

「ありがと、ふたりとも。いつも助かってるわ」



     ◇



 一夜明け、朝議(ちょうぎ)の刻限を前に泰明殿には朝廷百官が顔を揃えていた。
 厳然たる空気が喧騒(けんそう)のもとに敷かれ、誰しもが引き締めた表情をたたえている。

 そのとき、両開きの大扉が左右に開かれた。

「国王陛下のお成り」
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