桜花彩麗伝

 中央を進む煌凌は、(こうべ)を垂れる(おみ)たちを視界の端に捉えながら玉座へ就いた。
 傍らに控える清羽は(うるし)角盆(かくぼん)を手にしており、その上には例の薬包(やくほう)がある。
 そんな彼に続く形で、くだんの女官も控えて立った。

 臣たちの寄越す好奇や疑問の眼差しに気づきつつも、毅然と顔を上げる煌凌は荘厳(そうごん)な態度で口を開く。

「みなも既に聞き及んでいるであろうが、昨晩、鳳婕妤の食事に堕胎薬(だたいやく)が盛られるという危機に(ひん)した。幸いにも口にする前に露見(ろけん)し、難を逃れたが、懐妊中の側室を狙うとは言語道断である」

 一度は静寂が場を支配していたが、王の口から語られたものものしい事件の概要を受け、臣たちは再びざわめき出した。

「王室を冒涜(ぼうとく)せんとするその黒幕を、余は厳しく断罪するつもりだ」

 王としての建前とひとりの男としての怒りが半々で、隠しきれずに声色に乗った。
 難を逃れたのは計画的な偽装妊娠であったゆえであり、帆珠の一手がこちらの掌上(しょうじょう)にめぐらせた結果であったためである。
 もしも懐妊が事実であり、薬を盛られたのが不意の出来事であったなら────春蘭の夫として、子の父として、恐らく到底許せなかったはずだ。

「し、しかし、主上……。事件の舞台は後宮でしょう。ここは太后さまに処分を決めていただくのが筋というものでは────」

「筋だと? 余の妻を守るのに、太后さまの顔色を窺う必要があるか?」

 口を挟んだ蕭派の臣を、厳たる眼差しで()め返す。
 ちらりと容燕を窺い見た。口元に笑みをたたえてはいるが、醸し出す雰囲気は不興そのものである。
 虚勢に過ぎず、同時に激情をこらえてもいた。

「……では、主上は黒幕をご存知なのですか」

 おもむろに元明が言う。
 朝議に臨むより前の時点で、春蘭から聞いた事の次第は彼にも伝えていた。
 蕭派を追い詰めるべく踏み出すに適当なきっかけを与えてくれたようだ。

「それは、この者から聞くとしよう」

 煌凌は清羽の横に控えていた女官に目をやる。
 緊張気味に身を強張らせた彼女は、それでも怯まず一歩踏み出した。

「玉漣殿で蕭淑妃さまにお仕えしている者ですが、こたびの事件の鍵を握る証人として参殿(さんでん)させました」

 清羽が丁寧に説明してみせた。
 朝議の場に女人が同席することに眉をひそめる、封建(ほうけん)的である意味“生粋”の官吏たちへの心遣いであり牽制(けんせい)でもある。

「改めてそなたに尋ねる。鳳婕妤の食事に堕胎薬を盛るよう命じたのは誰だ」

「……ほかならぬ、蕭淑妃さまでございます」

 既に答えは出ていたも同然であったが、女官はあえてはっきりと口にした。
 些細な喧騒が波紋(はもん)のように広がっていく。

「昨日、わたくしは淑妃さまからご命令を受けました。こちらの薬材を鳳婕妤さまのお食事に混ぜるように、と……。ですが、わたくしはこの薬材がどのようなものなのか、誓って存じ上げておりませんでした!」
< 455 / 492 >

この作品をシェア

pagetop