桜花彩麗伝

 盆上の薬包(やくほう)を示し、女官が言う。
 どよめきにあふれる殿内の(おみ)たちは混乱から立ち直ると、やがて容燕や蕭派に非難の眼差しを向けた。
 彼らの指示であろうと帆珠の独断であろうと、追及は免れない。

「だ、騙されますな! この者は鳳家の手先で、我々を陥れようと偽りを────」

「偽りなど、主上の御前(ごぜん)で申すはずがございません……!」

 反駁(はんばく)しかけた蕭派官吏を遮り、女官は毅然と言ってのける。
 連中はそれぞれ顔を見合わせ、出方を窺っているようであるが、軸となる容燕が動きを見せないために結局決めかねていた。
 いづらそうに咳払いをし、鳳派やほかの臣たちを()め返す最低限の抵抗に留まる。

 当の容燕は静かに怒りを(たぎ)らせていたが、かくも堂々と証人や物証を提示されては、いくら容燕とて庇うことなどできなかった。
 これは帆珠の落ち度にほかならない。
 下手に擁護(ようご)しようものなら、容燕や蕭家そのものに(るい)が及びかねなかった。

「みなの者、聞いたであろう。恐れ多くも身重の側室を狙った蕭淑妃に、その座に留まる資格などない。よって────」

「主上」

 よくて地位の剥奪(はくだつ)と後宮からの追放、最悪は死罪に処されるであろうと誰もが固唾(かたず)を飲んで王の言葉を耳にしていると、突如として何者かがそれを遮った。
 容燕である。湧き上がる憤りを余裕の笑みで覆い隠しており、かえって威厳をまとっていた。
 その姿に臣らは畏怖(いふ)し、煌凌の背がぞくりと冷える。

「な、何だ。こたびのことは言い逃れの余地もないであろう。娘とて庇うならそなたのことも罪に問う」

 強気に機先(きせん)を制したつもりであったが、返ってきたのは予想と異なる反応であった。
 くつくつと笑った容燕は悠然と王を見返す。

「もちろんですとも。娘は許されざる罪を犯した……ゆえに相応の罰が必要でしょう」

「…………」

「どうぞ、主上自らの手で裁いてくだされ。“冷宮(れいぐう)”へ送ればよろしい」

 思惑が読めず身構えていた煌凌は、その言葉にはっとした。
 静まり返っていた殿内が再びざわめきに包まれる。

 冷宮とは、主に王の寵愛(ちょうあい)を失い居場所を失った妃嬪(ひひん)や罪を犯した妃嬪が送られる宮を指す。
 後宮の隅にあるというそこは日当たりが悪く、地下牢より何倍も空気が湿気(しけ)っていた。
 老朽化が進んでも工部が修繕に乗り出すことなく、いまも荒れ果てた状態で忘れ去られたように、あるいは忌避(きひ)されたように放置されている。
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