桜花彩麗伝

 もしかすると、過去に軟禁され、孤独のうちに亡くなった妃や自害した妃の怨念(おんねん)が留まり続けているお陰で、いっそう薄暗く陰鬱(いんうつ)な場となっているのかもしれない。
 閉じ込められたが最後、下手をすれば死よりも残酷な地獄の日々が待ち受けているであろう。

 容燕が娘を切り捨てた────のかと思った。しかし、決してそうではない。
 冷宮は劣悪な環境とはいえ、腐っても後宮にある。
 このまま追放されてしまえば再起は図れないが、冷宮送りで済めば、時間を要してもいずれ復位を望むことができるであろう。

「それは……」

「何か問題でも? これ以上にない()()ですがね」

 突っぱねるべく口を開いたが、容燕の有無を言わせぬ言葉に()されてしまう。
 すなわち容燕は“そういう形”で娘を守っているわけである。
 後宮の妃嬪(ひひん)を後宮のやり方で(あがな)わせるという、まったく合理的な処遇を先に提示し、王からほかの選択肢が示されることを阻んだ。

 煌凌は俯いた。
 まだ、彼を黙らせるだけの力を得ていない以上、ここでの押し問答は無益でしかない。
 帆珠を一時的にも冷宮へ追いやれることは、十分すぎるほどの成果である。
 それが現実的な落としどころであろう。連中を完膚(かんぷ)なきまでに叩きのめす機会を見誤るべきではない。

「……よかろう。本日をもって、淑妃・蕭帆珠を冷宮へ送れ」



 ────朝議(ちょうぎ)を終え、泰明殿を出ると、そこには春蘭の姿があった。
 一輪の花のように凛々しくもたおやかな立ち姿を捉え、煌凌の瞳がわずかに揺れる。

「……帆珠は、冷宮送りになった」

 少し遠慮がちにそう言うと、春蘭は「……そう」と目を伏せつつ噛み締めるように頷いた。
 歩み寄って煌凌の手を取り、そっと笑いかける。

「やったわね。前哨戦(ぜんしょうせん)はわたしたちの勝ち」

「前哨戦?」

「当然よ、これだけで局面がひっくり返るわけないもの。ここからが本当の勝負」

 容燕が後宮という場を利用するのも、それに最適な“駒”である帆珠を易々と手放さないのも、すべては想定内だ。
 彼女の冷宮送りで有利に傾いた状況を、無駄にするわけにはいかない。

 そのとき、ふと騒々しい声が聞こえてきた。
 女官や内官の制止を振り切り、泰明殿の門を潜ってこちらへ突き進んでくるのは帆珠である。
 昨晩の一件が取り沙汰されていることを聞きつけ、いても立ってもいられず駆けつけたようだ。

 王と春蘭の姿を捉えると、はっとして一瞬動きを止めた。
 しかし、春蘭を目の当たりにして激情が込み上げたのか、勢いよく歩み寄っては右手を振り上げる。

「……!」
< 457 / 498 >

この作品をシェア

pagetop