桜花彩麗伝

 ぴたりと言い当てられ驚いたものの、話が早そうだ。
 首肯(しゅこう)した春蘭をはじめ、各々も椅子へ腰かけると、太后がその作者を熱心に探しているという話を伝えておく。

「……何だか妙な感じがして」

「無理もないんじゃないかな。あれは太后を告発したものだから」

「えっ!?」

「内容はすべて史実の通りなのです。先の王室で起きた悲惨な事件そのもの……当時の経緯(いきさつ)を知る何者かによる暴露にほかなりません」

 ふたりの言葉を受け、それぞれ驚愕に明け暮れる。
 あの衝撃的な内容がすべて紛れもない事実であったとはにわかには信じ難いが、太后や容燕の性分を思えばありえない話でもなかった。
 本編に登場していた王子は確かに、煌凌の境遇とも即している。

「じゃあ────」

 重要な鍵を握る作者の“無名”なる人物を太后より先に見つけ出すことができれば、いまなおのさばる彼女を追い落とすことも不可能ではないかもしれない。
 期待を込め、春蘭が口を開きかけたとき、不意に堂の表付近で音がした。

「……あの」

 聞き慣れない声が続き、ぴり、と空気が張り詰める。一瞬にして場に緊迫感が走った。
 この堂の存在を知る者は限られており、突然の訪問者などはまず来ない。

 軋んだ音を立てながら扉が開くと、連なる(しゃ)の向こうに人影が浮かんだ。
 手探りで歩を進める何者かが御簾(みす)に手をかけたとき、ようやく春蘭の金縛りが解ける。素早く立ち上がると警戒を滲ませた。

「どなたでしょう」

「あ……急なご無礼をお詫びします。わたくし、人探しをしているのですが────」

 想像していたよりも物腰柔らかな男の声と懇切丁寧(こんせつていねい)な態度を受け、春蘭は困惑してしまう。
 すっと椅子を立った光祥が(いざな)われるようにして歩み寄り、そっと御簾を上げた。

 そこにいたのは、(よわい)五十ほどになろうという白髪混じりの男であった。
 語り口や(たたず)まいの端々(はしばし)から懇篤(こんとく)さと知性が感じられ、自然と謙譲(けんじょう)の念が湧くのは年ばかりが理由ではない。
 かくして無意識にも口を噤んでいた春蘭たちに代わり、光祥が小さいながらもはっきりと呟く。

「もしや、(こう)内官……?」

 そう呼ばれた男は瞠目(どうもく)し、はっと息をのむ。
 光祥を眺める双眸(そうぼう)が揺れ、やがて涙を溜めながら破顔(はがん)した。

「やはり……生きておられたのですね。これ以上の果報(かほう)はない……。ご無事で何よりです、太子さま」
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