桜花彩麗伝

「そうだな。……では、閑談(かんだん)の傍らで茶を飲み交わす“客”という名目で迎え入れよう」

 この機に王自ら“客”を接遇(せつぐう)するとは訝しがられるかもしれないが、むしろ太后が内官に手を出せば、くだんの小説の内容が事実だと認めるようなものである。
 あくまで創作だと言い張るのであれば、太后はなす(すべ)なく傍観を決め込むほかない。

 そのとき、ふと両開きの扉が開かれ、どこかおののいたような表情の清羽が慌てて飛び込んでくる。

「────へ、陛下。侍中がお見えでございます」

 取り次ぎを経て参殿(さんでん)してきた容燕は、その顔に不敵な笑みを浮かべたまま形式だけの一礼をした。
 几案(きあん)の上にある書を認め、思わしげに目を細めると、顎にたくわえた髭を撫でる。

「その書をご存知でしたか。ならば、話は早い」

「……何の用だ?」

「史実であることもご承知のようですな。だが、先の王室で太后がなした悪行が、それに留まるはずがないでしょう」

 容燕はくつくつと喉を鳴らして笑う。
 春蘭と煌凌は揃って目を見張った。言葉のみならず、てっきり太后の擁護(ようご)に来たものであるとばかり思っていたために、そういう意味でも衝撃を受ける。

「“嘉嬪”ならぬ太子の母親の死は、病魔ばかりが理由ではない。毒を(もっ)てその身体を(むしば)んだのです」

「な……」

「そもそもの話、張家は正式に入内(じゅだい)できるほど有力な家門ではなかった。いち女官に過ぎなかったあの女狐は、けれども貪欲(どんよく)に野心を追い続けた。先王陛下の目に留まろうと、あらゆる手を尽くしたのですよ。幸いにも容姿は艶冶(えんや)に富んでいましたからね」

 時にその身を売りながら、権威を有する朝廷の(おみ)らを後ろ盾として取り込み、豪胆(ごうたん)にも先王にはいかがわしい薬さえ用いていたという。
 いまある栄華(えいが)は、貪婪(どんらん)虚飾(きょしょく)の果てに奪い去った地位に固執した結果でしかなかった。罪の象徴にほかならない。

「…………」

「信じられませぬか? しかし、すべては事実……。この目と耳で確かめたことですから間違いない」

 言葉を失うふたりを悠々と見据え、容燕は言った。
 想像も及ばないような不埒(ふらち)な悪事や陰謀の数々を隠し通すために、いったい何人もの尊い命が、人生そのものが犠牲となったことであろう。
 しかし、口を噤むほかなかったのはそんな衝撃に明け暮れたせいのみならず、容燕の真意を掴みかねていたためであった。

 こうして包み隠さず王に密告してみせた以上、太后のことは完全に切り捨てる判断をしたと見るのが妥当であろう。
 彼らの結託は既に破綻(はたん)した。太后は孤立無援だ。

「……すべてを知っていたと言うのなら、なぜこれまで黙っていたのだ」
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