桜花彩麗伝

 ふと、王は底冷えするような声で尋ねた。
 容燕はしかし想定内の問いであったのか、わずかにも動じることなく、むしろわざとらしく困苦(こんく)の表情を浮かべる。

「機を窺っておったのですよ。だが、そのうちに娘が入内(じゅだい)した。それゆえ、後宮を束ねる太后に人質にとられたも同然で申せなかったのです」

 もっともらしい釈明であるが、太后と蕭家、ひいては太后と帆珠が手を組んでいたことは周知であった。
 通常であれば通用しないところ、今回ばかりは狙いが一致しており、わざわざここで容燕と反目(はんもく)する利などない。
 どのみち、いまは彼と太后がもともと結託していたことを証すこともできないため、追及は得策ではなかった。

「……よい、そなたの言い分は分かった。この件は余が収拾をつけるゆえ、これ以上の口出しは無用だ」

「ええ……何卒、早急に。悠長に構えていると、()()死人が出ますぞ」

 言いながら興がるように笑みをたたえる容燕を、煌凌は鋭く()め返す。
 そうはさせない。こたびは決して、掴んだ尻尾を離しはしない。



     ◇



「なに……? 誰が宮殿に入ったと!?」

「それが、主上直々に招かれたお客さまだということしか……」

 女官から伝え聞いた太后は紙のように白い顔色で狼狽(ろうばい)した。
 この頃合いに、単に茶を飲み交わすような名分で人を呼び寄せるとは思えない。

 王とてくだんの書については聞き及んでいることであろう。もしや、それに関する客人なのではないであろうか。
 わざわざ宮廷へ召喚したとなると、それもかなり深い関わりを有している可能性が高い。

「まさか……」

 いっそう青ざめた太后が身を震わせる。早鐘(はやがね)を打つ心臓が拍動するたび、(つち)で打たれているかのような痛みに貫かれた。
 ────まさか、自分より先に“無名”なる人物を見つけ出したのではないか。

 想定しうる最悪の可能性にほかならない。血の気が引き、身を焼くような焦慮(しょうりょ)(さいな)まれた。
 動揺を隠せないまま、乾坤一擲(けんこんいってき)の策を女官に命ずる。
 半ば賭けであるが、追い込まれた太后にとっては唯一の手立てであった。

「……承知いたしました。太后さま」

 もう、あとには引けない。
 成否(せいひ)に関わらず、これが最後の機会となるであろう────。
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