桜花彩麗伝
春蘭は考えを巡らせる。
証拠となるのは、この記録日誌と────。
「そうだ、目撃者を増やすのはどう?」
ひとりだけの証言なら、見間違いだの何だのと言い逃れされる可能性がある。
しかし、複数人に目撃されたとなれば認めるしかなくなるだろう。
それも施療院とは無関係の春蘭たちが証人となれば、院長も医女による謀略だとは言えないはずだ。
「わたしたちが監視するというわけですね」
そんな紫苑の言葉に光祥が頷く。
「ああ、僕もそれがいいと思って張ってるところなんだ」
「そうだったの。こうなってくると……光祥の言う通り、薬材事件と不正授受は間違いなく関係ありそうね」
「そうだろう? でも、それだけじゃないんだ。院長がどこに薬を受け渡してるのか、誰と繋がってるのか……実は見当がついてる」
三人が三人、はっと目を見張った。
彼独自の情報網はやはり侮れない。
「誰なの?」
「────蕭家」
それを受け、医女は驚愕に息をのんだ。
紫苑も驚きを禁じ得なかったらしく眉根を寄せた。
「どうして……」
思わず呟いた春蘭に光祥は謹厳な面持ちになる。
「院長が蕭家とつるむ理由は分からない。ただ院長の性格からするに、きっと権力絡みだろうと踏んでる」
「薬材を受け渡す見返りに出世を約束されている、ということですか」
「ああ、そんな感じだろうね」
苦い表情で頷いた。
春蘭は「そうだ」と医女に向き直る。
「あなたが見たのってどんな人だったの? 院長が薬を渡してた相手」
「えっと……」
医女は記憶を辿るように視線を流した。
────あの晩、院長と会っていた男は綺麗な着物をまとい、惜しみなく装飾品を身につけていた。
はっきりとした顔立ちは整っていたが、さもしい笑みを浮かべていたのを覚えている。
「高貴な若さまのようでした。顔は見ましたが、誰かまでは分かりません」
蕭一族の中でも身分の高い男なのだろう。単純に考えれば、候補として容燕の子などが挙げられる。
「蕭容燕に息子っているの?」
春蘭は誰にともなく尋ねた。
「確か、息子がふたりと娘がひとりいたはずだよ」
光祥が答える。
やはりそのどちらかという線で考えるのが妥当だろうか。
「────長男は、消息不明だとか」