桜花彩麗伝

 思わぬ言葉に瞠目(どうもく)した。紫苑がここまで言うなんて初めてのことだ。
 厳しいもの言いに戸惑ってしまうと、光祥が「そう」と頷いた。

「だから、やるなら徹底的に。それには家も巻き込むことになるし、命を懸けることになるかも」

 いつになく真剣な表情だった。
 あまりに突然であまりに壮大な話に、春蘭は呆然(ぼうぜん)としてしまう。

 蕭家とは、いったいどんな存在なのだろう。

 これまで抱いていた印象が崩れ、見えていた輪郭(りんかく)がぼやけて霞んでいくような気がした。
 そのうち、いつも通りの調子に戻った光祥が笑みを浮かべる。

「……なんて、ちょっと脅しちゃったけど、今回はたぶんそこまでじゃないよ。院長のことはちゃんと成敗(せいばい)しよう。蕭家にとってはとかげの尻尾にすらなり得ない存在だろうから」

 とかげの尻尾────ということは、蕭家と繋がりを持てば、何事でも仕損じればすぐに見捨てられるということだろう。切って捨てられるのだ。

「そうですね……。院長が捕まっても、蕭家が助ける利なんてないですし」

 紫苑も光祥に同意したが、直後、春蘭に向き直った。

「ですが、どうか蕭家には警戒を忘れないでください」

 紫苑のあまりにまっすぐな眼差しに、春蘭は若干たじろいでしまう。

 ここまで言うのには何か理由があるのだろうか。
 そうではなく、自分が知らなすぎるだけなのだろうか。蕭家の実態やその恐ろしさというものを。

 光祥もあそこまで言うほどである。これに関しては春蘭が情勢に疎いのだろう。

 蕭家は敵である、という前提を早々に持つべきなのだ。
 春蘭は気を引き締めながら頷くのだった。



「────助かるよ、手伝いを買って出てくれて」

 施療院の屋舎へ足を踏み入れると、再び薬包を抱えた光祥が言う。

 まさか、かの鳳家令嬢が進んで雑務を引き受けてくれるとは思わず、その殊勝(とくしょう)ぶりに医女も驚いていた。

「とんでもない。ただ待ってるだけなんて申し訳ないもの」

 部屋の中には怪我を負った者や病を患い寝込んでいる者など、様々な患者がいた。
 医女が薬を(せん)じていたり、医員が診察をしていたり、思いのほか人口密度が高い。

 医療施設としてはほかに個人経営の医院があるものの、最も規模が大きいのは施療院であるため、患者は基本的に真っ先にここを頼る。
 万年人手不足に陥るのも当然と言えた。

「この中に院長はいるの?」

 春蘭は医女に尋ねた。彼女は周囲を確認することもなく首を横に振る。

「いいえ……。院長さまは日がなお部屋に籠ったまま出てきません」
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