桜花彩麗伝
それぞれがはっと目を見張った。
「予想外に早く動いたわね」
昼間のことがあったため、警戒してしばらくは何も起こらないのではないか、とすら思っていた。
機会は突然巡ってくるものだ。
「その“何者か”というのは、前に見た若さまと同じか?」
「それが……今日見た男の人は笠を被ってて、顔が分かりませんでした」
紫苑の問いに医女は眉を下げた。
蕭家の次男と思しきその“若さま”の顔を知っているのは、この中で彼女だけだ。頼みの綱である。
「何とかして顔を確認したいわね」
もしくは当初言っていたように、受け渡しの現場そのものを直接押さえることができれば、蕭家との関連も明らかにできるのだが。
一か八かで乗り込む、という考えもよぎったが、あまりに大胆で無謀だろう。
文字通り正面突破するには確証がないため、不安や危険が伴いこちら側が不利でしかない。
もし笠の男が蕭家と無関係だったら、蕭家はこの件で警戒を深め、手を引いてしまう可能性がある。悪行すべてをなかったことにして。
春蘭たちがみすみす逃すことになる。
(どうしたら……)
考えあぐねたとき、紫苑が決然と顔を上げた。
「わたしがその男を尾行します」
この場をいますぐどうにかすることは諦めるより仕方がない。
まずは尻尾を掴むため、笠の男の正体を暴く必要がある。
“急がば回れ”と言う────。
笠の男と蕭家との関連だけでも確認できれば十分な収穫だ。
「お願い」
頷いた春蘭は澄んだ声色で紫苑に告げた。
ひとまずは尾行による成果を信じて待つしかない。
紫苑が笠の男を追って先に施療院を出たため、春蘭と光祥はふたりで帰路についた。
「きみを屋敷まで送り届けたら、僕はお堂に行ってくるよ」
「夢幻に会いにいくの?」
「ああ。何か新しい情報があれば教えて欲しい、って頼まれてるからね」
「わたしも行く」
つとその袖を引いて言う。
思わぬその仕草に少しばかりたじろいだ光祥だったが、すぐに微笑を取り戻して頷いた。