桜花彩麗伝
きぃ、としなったような音を立てながら戸を左右に開いた。
蝋燭の火が揺れ、中央の卓子に置かれた大きな花器が光を弾く。
「……おや」
花水木の描かれた衝立の裏から夢幻が姿を現した。
読んでいた書物を閉じ、壇を下りて円卓の方へふたりを促す。
「一緒でしたか」
「施療院の帰りでね。おてんばな春蘭から目を離せなくて」
「そ、そんなことないわ。ちゃんと地に足つけてるもの」
「どうかな。昨日だって宮殿に忍び込むなんて無茶してたじゃないか」
「ちょっと! しーっ」
くす、と笑う光祥の口を慌てて塞ぐが既に手遅れだった。
信じられない、というような夢幻の眼差しが向けられる。
「どういうことですか」
驚きの中に呆れを滲ませた表情と声色だった。ひそめられた秀眉を見れば不興を買っているのは明白で、春蘭はますます慌てる。
「や、あの、ちがくて……!」
半ば言い訳じみてしまいながら、昨晩の出来事を説明した。
事前に夢幻に知らせれば反対されると思ったし、あとから知られても叱られると思ったため、黙っておこうと考えていたのだが……。
ちら、と光祥に目をやれば“すまない”とでも言いたげに両手を合わせてきた。
「……向こう見ずにもほどがありますね」
夢幻はため息をつく。
春蘭の大胆不敵ぶりはこういうときに困るのだ。鳳姓を背負う者としてあまりに未熟で自覚が足りない。
「う……ごめんなさい」
「ほかに隠しごとはありませんか。わたしを騙し通せる自信があるなら言わなくても結構ですが」
そう言われてしまっては、もはや何もかも白状するほかにない。
英賢で鋭い彼を欺くことなど何人たりとも無理だ。嘘が苦手な春蘭には万にひとつも可能性などない。
「実は……黙ってたんだけど、ある男に攫われたの」
そう言うと、ふたりの顔色がさっと変わった。
「攫われたって……宮中で? 大丈夫だった?」
「怪我はありませんか」
「ええ、それは大丈夫。何ともなかったわ」
突きつけられた白刃が首に到達することは、結果的になかった。
夢幻は警戒心を顕に厳しい表情をたたえる。
「相手は誰です?」
「……謝朔弦って名乗ったわ」
それを聞くと、夢幻がその名をなぞるように繰り返した。
「知ってるの?」