桜花彩麗伝

 それがまさかこんな展開になろうとは。
 かの医女の素性を考えると、あの取り引きを経たとはいえ現状こちらが不利だ。

 蕭家側に肩入れすると決めた矢先にそんなことでは、今後厄介なしがらみになりかねない。
 思考を巡らせた朔弦は、数拍置いてから口を開いた。

「……訂正します。うまくいったとは言えない結果になりました」

「なに?」

「あの医女は死んだようです。もともと持っていた情報は取るに足らないものでしたし、使い所がありませんでした。結果的に口封じできたのでよかったと言うべきでしょう」

 悠景には春蘭のことをすべて黙っておくことにした。無論、自分のためだ。

 “信じてくれる限りは裏切らない”……うまい返しをされたと思う。
 朔弦が信じないことを分かった上での答えだ。

 存外(ぞんがい)、彼女はしたたかなのかもしれない。
 どこか掴みどころがなく、それが朔弦の抱く不信感に拍車(はくしゃ)をかけていた。

「死んだ? 急にか」

「はい。不自然でも死人に口なしですから、禍根(かこん)は断たれました」

「まあ、そうだな。じゃあまた別の医女を抱き込めばいいか」

 慎重な朔弦と異なり、悠景はものごとを楽観視する傾向があった。
 頭が切れないというわけではないが、少々単純なのが否めない。

「……いいえ、もうその必要はないでしょう。一連の件に関して医女という駒は不要です」

「そうか、確かに情報は出揃ってるといえばそうだしな……。わけの分からねぇ状況は続いてるが」

「一番引っかかるのは触れ文ですね。あれはどうにも変です」

 消化不良な違和感を拭えない朔弦は、普段よりさらに硬い表情を浮かべる。

 宮中の菜園(さいえん)のことを知っている人物が、故意に無知な民を焚きつけたのではないだろうか。
 でなければ何の意味もない触れ文だ。
 まさか本当に王室のせいだと思って訴えているわけでもあるまい。

 触れ文をした“役人”というのも、金で雇われたならず者かあるいは裏に潜む黒幕の手下としか考えられない。

 内容が内容なだけに、国に仕える役人の所業だとは思えないのだ。
 何よりそれであれば名簿から簡単に身元が割れてしまう。

 少なくとも官服(かんふく)を着たままそのような行動に出ることはないだろう。
 つまり、彼らはあえて役人に扮していたわけだ。

「誰かが民心(みんしん)を操ろうとしているとしか」

「そうだな。その“誰か”は、それでいったいどんな得をするのか……」
< 65 / 334 >

この作品をシェア

pagetop