桜花彩麗伝
◇
「主上」
煌凌のいかな心情もお構いなしに、容燕は無遠慮に蒼龍殿へと踏み込んできた。
ずんずんと几案の方へ歩み寄ってくる。
上奏文をこっそり見ていた煌凌は慌てて巻子を巻き直すと、机の端に追いやった。
代わりに落書きしていた紙を引っ張り出し、菓子の皿も寄せる。
政に微塵も興味などない、昏殿を装った。
煌凌がそんなものに関心を寄せれば、玉座から引きずり下ろされること請け合いだ。
容燕は几案を挟んで足を止める。
「な、何か用か?」
努めて平静を装い尋ねる。以前にも同じようなことがあったことを思い出し、煌凌は思わず身構えた。
今度は何だろう。妃選びの催促だろうか。
「薬材と触れ文の件、お聞きになりましたか」
煌凌の予想とは異なり、容燕はそう切り出した。
「……うむ」
小さく頷いた傍ら、春蘭のことを思い出していた。
『この状況を意図的に引き起こした黒幕がいて、裏で糸を引いてるのよ』
縋るような眼差しと掴まれた感触が離れない。
『だったらお願い。現状も併せて、王さまにこのこと伝えてくれない?』
いまになって狼狽えてしまう。彼女が“王”に求めているものを悟ったからかもしれなかった。
買い被りすぎだ。
煌凌がどのような行動をとったところで、緻密に張り巡らされた陰謀はいとも簡単に彼を凌駕していく。
いまさら手を打ったところで、どうせ手遅れだ。
力も権威もない名ばかりの王であることを、これほど悔やむ日が来るとは思わなかった。
容燕にとって状況はいまのところ申し分なかったが、唯一不満だったのは王が犯人確保に躍起になっていない点だった。
自分たちが見下され貶されているというのに、この王は憤るどころか気に留めもしない。
感情的になってくれれば、尚さら事が運びやすいというのに。
そんなことを思いながら口を開く。
「……そうですか。ならば話は早い」
嬉々とした態度を隠すこともなく、自身の顎にたくわえた髭を撫でる。
「お喜びください、主上。このわたしが、触れ文をした反逆者を捕らえましたぞ」
思わぬ言葉だった。煌凌は弾かれたように顔を上げる。
「誠か?」
あまりにも早い事態の収束だ。
犯人を特定して捕らえたのであれば、あとは尋問を行って首謀者を吐かせるのみである。
そうも容易に捕まるのなら、やはり春蘭の言う通りなのだろう、と煌凌は思った。
裏で糸を引いている者がいるのだ。それが誰なのかまで嫌でも察しがつく。
「ええ、もちろんです。主上に不忠をはたらく者をわたしが許すはずないでしょう」
一番不忠をはたらいているのは誰だ、と思ったが、声に出すことは無論できない。
「……その者はいまどこに?」
「地下牢で拷問中です。さぁ、参りましょう」
「主上」
煌凌のいかな心情もお構いなしに、容燕は無遠慮に蒼龍殿へと踏み込んできた。
ずんずんと几案の方へ歩み寄ってくる。
上奏文をこっそり見ていた煌凌は慌てて巻子を巻き直すと、机の端に追いやった。
代わりに落書きしていた紙を引っ張り出し、菓子の皿も寄せる。
政に微塵も興味などない、昏殿を装った。
煌凌がそんなものに関心を寄せれば、玉座から引きずり下ろされること請け合いだ。
容燕は几案を挟んで足を止める。
「な、何か用か?」
努めて平静を装い尋ねる。以前にも同じようなことがあったことを思い出し、煌凌は思わず身構えた。
今度は何だろう。妃選びの催促だろうか。
「薬材と触れ文の件、お聞きになりましたか」
煌凌の予想とは異なり、容燕はそう切り出した。
「……うむ」
小さく頷いた傍ら、春蘭のことを思い出していた。
『この状況を意図的に引き起こした黒幕がいて、裏で糸を引いてるのよ』
縋るような眼差しと掴まれた感触が離れない。
『だったらお願い。現状も併せて、王さまにこのこと伝えてくれない?』
いまになって狼狽えてしまう。彼女が“王”に求めているものを悟ったからかもしれなかった。
買い被りすぎだ。
煌凌がどのような行動をとったところで、緻密に張り巡らされた陰謀はいとも簡単に彼を凌駕していく。
いまさら手を打ったところで、どうせ手遅れだ。
力も権威もない名ばかりの王であることを、これほど悔やむ日が来るとは思わなかった。
容燕にとって状況はいまのところ申し分なかったが、唯一不満だったのは王が犯人確保に躍起になっていない点だった。
自分たちが見下され貶されているというのに、この王は憤るどころか気に留めもしない。
感情的になってくれれば、尚さら事が運びやすいというのに。
そんなことを思いながら口を開く。
「……そうですか。ならば話は早い」
嬉々とした態度を隠すこともなく、自身の顎にたくわえた髭を撫でる。
「お喜びください、主上。このわたしが、触れ文をした反逆者を捕らえましたぞ」
思わぬ言葉だった。煌凌は弾かれたように顔を上げる。
「誠か?」
あまりにも早い事態の収束だ。
犯人を特定して捕らえたのであれば、あとは尋問を行って首謀者を吐かせるのみである。
そうも容易に捕まるのなら、やはり春蘭の言う通りなのだろう、と煌凌は思った。
裏で糸を引いている者がいるのだ。それが誰なのかまで嫌でも察しがつく。
「ええ、もちろんです。主上に不忠をはたらく者をわたしが許すはずないでしょう」
一番不忠をはたらいているのは誰だ、と思ったが、声に出すことは無論できない。
「……その者はいまどこに?」
「地下牢で拷問中です。さぁ、参りましょう」