桜花彩麗伝
容燕はてのひらを上向け促した。
地下牢といえば、湿った血なまぐさい空気が充満する場所だ。
あらゆる罪人が拷問を受け、そのまま息絶えた者も少なくない。
そんな恐ろしい場所になど行きたいはずがなかった。足がすくんで重たい腰が持ち上がらない。
「余も、か……?」
「主上を前にすれば、たとえ反逆者であろうと偽りは申せぬでしょうからな」
低く笑う容燕に戸惑いを禁じ得なかった。
他意があるように思えて薄気味悪かったが、ここまで言われて従わないわけにはいかない。最初から煌凌に拒否権などない。
彼は渋々ながら容燕のあとに続き、地下牢へと赴いたのだった。
────頑丈な石壁に囲まれ、鉄格子の奥に亡者のような罪人が収容されている地下牢。
窓がなく光も射さないため、一日中暗く陰鬱な空気が漂っていた。
大量の血が流れても、乾く前から新たな血が飛び散る。
強烈なかび臭さと鉄臭さが、壁にも床にも濃く染み込んでいた。
「ぐあああああぁ!!」
不意に咆哮のような悲鳴が響いてきた。
牢への階段を下りる途中にそれを聞いた煌凌は、思わず肩をすくめる。
いまのは拷問されている男の声だろう。
これより先へ進めばさらに残酷な光景が待っているのだと思うと、すぐにでも引き返したくなる。
「何を恐れるのです」
先を歩いていた容燕が振り向き、上段にいる王を仰ぐ。諌めるような声色だった。
「あの者は主上をも侮辱したのですよ。威厳をお示しくだされ」
そう言われ、煌凌は眉を下げた。怒りよりも情けなさが湧く。
(王室が……王が至らぬのは事実だ)
臣下に実権を握られている現状。
“摂政”など正式に任命した覚えはないが、煌凌が何も言えないのをいいことに容燕が享受しているだけだ。
言いたいことを飲み込まなければ、自分の命すら守れない。
王が真に守るべきは民の命なのに。
……だから、民に呆れられるのも見限られるのも当然だ。侮辱でも何でもなく、ただの真実でしかない。
煌凌は黙って階段を下りた。一段一段、進むにつれて空気が薄くなっていく。
奈落へと続くような、深淵の闇だった────。
「やめよ」