桜花彩麗伝

 再び身を乗り出し、墻壁(しょうへき)の向こう側を窺う。

 錦衣衛が“捜査”という名目でとっ散らかしていった残骸(ざんがい)を、羽林軍の兵たちが片づけている様子が目に飛び込んできた。

「……くそ、あいつらめ」

 ぎゅう、と悔しげに彼が拳を握り締める。

 執務室を無遠慮に荒らした挙句、几案(きあん)や椅子、書物(しょもつ)や筆といったあらゆるものが外へ投げ捨てられていた。
 割れた茶杯(ちゃはい)や壺の破片もあちこちに転がっている。

 日頃の憂さ晴らしをした、と言われた方がまだ納得できるほどの惨状だ。

「ひどい……。これが本当に錦衣衛のやることなの?」

「あいつらの中では、大将軍も将軍も罪人で確定なんすよ。だから、自分たちの手で裁きたい気持ちもあるんでしょうね」

 勝手な正義感で天誅(てんちゅう)を加えても、あくまで“捜査”であるため罪にも問われなければ責められることもない。

「……身勝手ね。濡れ衣なのに」

 春蘭は硬い表情を浮かべた。

 独りよがりな正義感は、実のところ悪と大差がないのではないだろうか。
 むしろ悪よりも厄介でよほどたちが悪い。

「そうっすよね……。俺も何かの間違いだって信じてますけど、無実を証明できる証拠がなくて────」

 自分など下っ端に過ぎないが、尊敬してやまない上官たちが不当に(はい)されるのを黙って見ているなんて耐えられない。
 切羽詰まった思いで唇を噛む。

「…………」

 春蘭は慎重ながら素早く吟味(ぎんみ)した。

 煌凌に会えないとなると、彼をあてにはできない。ただ、このまますごすごと引き揚げては来た意味がない。

 門衛の熱意を目の当たりにしたいま、自らができうる限りのことをするべきだと思った。
 手を携える相手は必ずしも煌凌でなくとも構わない。

 門衛だという目の前の彼からは誠実そうな印象を受けた。
 軽薄(けいはく)なのは口調だけで、悠景たちを救いたいという思いは本物だろう。

「……あなた、名前は?」

「え? ()旺靖(おうせい)っすけど……あなたは?」

 春蘭は毅然として告げる。

「鳳春蘭。わたしは捕らえられたふたりを助けたいと思ってるの」

 その言葉を受けた旺靖は目を丸くした。

「鳳って……えっ!? あの鳳家っすよね? そのご令嬢!?」

「そうよ」

「な、何だってそんなこと……お嬢さまが? しかも医女の格好してまで忍び込むなんて」

「単刀直入に言うとね、ふたりは陥れられたのよ。わたしはそれを証明したいの」

「陥れられたって、誰に……?」

「それは……まだ言えない。だけど、真実は消えてなくなったりしないわ。だからいまは、できることをする」
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