桜花彩麗伝

 強い眼差しを受けた旺靖は、信じがたいような気持ちで春蘭をまじまじと凝視してしまう。

 なぜ、わざわざ鳳家の姫が悠景や朔弦のために動いてくれるのだろう。
 反逆を疑われている罪人たちを助ける義理などないのに。下手に関われば害を(こうむ)るかもしれない。

 それでも、並々ならぬ陰謀の気配を恐れもしない、果敢(かかん)な姿勢に圧倒された。

「お嬢さま……」

 一度口端を結び、ばっと勢いよく頭を下げた。

「どうか……どうか、大将軍たちを助けてください!」

 偉大で、立派で、志の高いふたりが汚い真似をするはずがない。
 論理的な理屈や目に見える証拠がなくても、旺靖にはそう信じられた。

 多くの部下を抱える彼らには、旺靖の存在など認識されていないかもしれない。
 それでも旺靖は何年も仕えてきた。ふたりの人となりは保証できる。

 ぽん、と肩に手が置かれ、はっと旺靖は目を見張った。
 顔を上げると、凜然(りんぜん)たる微笑をたたえた春蘭と目が合う。

「────あなたも一緒にね」



     ◇



 光祥と紫苑から事情を聞いた夢幻は瞠目(どうもく)し、憂うように秀眉(しゅうび)をひそめた。
 蝋燭(ろうそく)の灯りが三人の影を堂の床に伸ばしている。

「また無茶なことを……。本当に“おてんば”ですね、春蘭は」

 その言葉に光祥は肩をすくめる。紫苑も苦い表情を浮かべた。

「ともかく、あなたの見た“尚書”は兵部尚書の蕭航季で間違いないでしょうね」

「やはりそうですか……。宮中でばったり出くわさないといいのですが」

「……ま、これで全容ははっきりしたよね。蕭家の狙いも僕たちにやれることも」

 夢幻は光祥の言葉に「そうですね」と頷くと、謹厳(きんげん)な面持ちで続ける。

「ひとまず施療院の院長を拘束してもらいましょう。証人の医女も日誌と一緒に(かくま)いたいですね」

「蕭家や院長が彼女の存在を掴んでるかは分からないけど、手出しされる前にそうした方がいいね」

「ここで匿ってはどうでしょうか」

「わたしは構いませんよ。万が一、証人がいることに勘づかれても、隠し場所としてここへたどり着くとは思えませんし」

 そういう意味では鳳邸よりも安全と言えるかもしれない。

「分かりました。では、わたしが院長を錦衣衛に引き渡しますので……」

「それなら僕は彼女を連れてくればいいわけだね、了解」
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