桜花彩麗伝
     ◇



 太后の居所(きょしょ)である福寿殿を(おとな)った容燕は、冷酷な微笑をたたえながら茶をすすった。
 一方、瞠目(どうもく)した太后の双眸(そうぼう)が揺れる。

「悠景と朔弦を捕らえた、と……?」

「左様」

「……手を組んだはずでは?」

 そう尋ねた太后は必死で平静を装ったが、つい頬が引きつってしまっていた。
 容燕の行動は“裏切り”としか言えないからだ。

 彼らは太后の腹心の部下であった。
 そんなふたりを落としたとなると、次はいよいよ自分の番かもしれない。

「ええ、そうですとも。ただし、わたしはほかならぬ太后さまと組んだのですよ」

 言うと、容燕は前傾姿勢になる。

「あの者らではなく」

「…………」

 太后は瞬いた。何が言いたいのだろう。
 だから彼らを害することを(とが)めるな、ということだろうか。

「────あのふたりは早々に排除すべきですよ」

 太后の思考を読み取ったかのように容燕は続ける。
 冷めきった態度で体勢を戻し、ふっと笑みを消した。

「何ゆえだ?」

「……太后さまは未だに分かっておられぬようだ。悠景は正義と道理を重んじる男ですよ。あやつが“あの件”の真相を知ったらどうなるでしょうな」

「!」

 太后は息をのんだ。

 それに関しては、確かに太后はその手を汚していた。いまあるこの地位は、紛うことなく両手を血に染めた結果だ。

 当時起こったことの仔細(しさい)を知る者は、いまや太后と容燕しかいない。
 ふたりが黙っていれば真相は闇の中である。

 しかし、真実とは地中深くに埋めることはできても、決して消えてなくなったりはしない不滅のものだ。

 そこへ辿り着く糸口など、ありとあらゆるところに転がっている。
 いつ、誰に、暴かれてもおかしくない。

 悠景や朔弦がその真相を掴んでしまったら、弾劾(だんがい)せんと動き出すだろう。

「……そう、か。機先(きせん)を制したわけか」

 容燕は答える代わりに再び茶を含んだ。

「悠景の義理堅い性分も厄介ですが、それよりさらに厄介なのは朔弦でしょう。あの男はまだ二十の若僧だが、冷静で頭の切れる策士。太后さまも実感しておられるのでは?」

「確かにそうだな……」

 太后が実権を握るため、二家のいずれかについて一方を滅ぼす策を呈示(ていじ)されたときは、驚くと同時に感心した。

 勝てぬ戦は避け、最後にすべてを覆す。妙案だと思った。

 思い返してみればこれまでも、太后が容燕に潰されずに済んでいたのは、朔弦の講じてきた策のお陰であった。

「しかし……味方であれば薬となるが、敵に回せば毒となるのでは?」
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