桜花彩麗伝
そんな太后の憂慮を容燕は軽く笑い飛ばす。
「だから排除するのですよ」
ぞっと背筋を冷たいものが這った。空気が薄くなったかのような息苦しさを覚える。
改めて思い知った。
だから、容燕は絶対的な権力者として君臨しているのだ。
◇
筵が敷かれてはいるものの、石造りの地下牢は寒々として冷たい空気が漂っていた。
格子の向こうに松明が燃えているが、もともと光も射さず薄暗い牢の中では、昼と夜の区別もつかない。
鎧を剥がされた悠景と朔弦は沈黙したまま、それぞれ壁に寄って硬い床に座っていた。
あちこちを痛めつけられ、満身創痍である。傷口から滲んだ血が、じわりと衣に染みた。
「……嵌められましたね」
そのうち、朔弦が小さく言う。
あまりの悔しさから怒りが込み上げた悠景は力任せに筵の藁を掴み、そのまま拳を叩きつける。
ゆらりと影が踊った。
「侍中は……はじめから俺たちを信用してなかったってわけか」
こちらは命まで懸けたというのに、何たる仕打ちだろう。
ぎり、と奥歯を噛み締めたとき、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ、太后さまに助けを求めればいい」
「……あの方に我々を助ける理由はないかと。利用価値がない以上、もはや用済みでしょう」
言っていても聞いていても虚しくなるような台詞を、朔弦は淡々と口にする。悠景は再び床を殴った。
「くそっ! どうしろってんだよ!」
ぶつけようのないやるせなさを嘆くと、傷口が熱を帯びた。
蕭家に取り入った手前、鳳家に助けを乞うことはできない。
王である煌凌がどうすることもできなかったところを目の当たりにしたし、太后にも見捨てられてしまった。
自分の最期が、権力に破れて散るなどという武将としてあるまじきものであることを、悠景は自嘲するように思わず笑った。
「…………」
さすがの朔弦も黙するほかにない。
もはや万策尽き、有効な手立てが浮かばなかった。
早くて明日には恐らく首を刎ねられる羽目になるのだろう。
謝家の恥さらしもいいところだ。
謂れのない罪を背負わされ、蕭家の肥やしにされるとは────。
朔弦は目を伏せ、項垂れるように俯いた。