桜花彩麗伝

第六話


 宮門から出てきた春蘭に紫苑がすぐさま駆け寄った。
 ざっと確かめた限り、何事もなく済んだようである。

「お嬢さま、ご無事ですか」

「大丈夫。迎えにきてくれてありがと、紫苑」

「いえ……。旦那さまに気づかれる可能性があったので、軒車は回せなかったのですが」

「全然いいのよ、そんなこと」

 夜の闇がはびこる大路(おおじ)を歩き出す。
 閑散(かんさん)としているどころか人気(ひとけ)はまったくない。

「院長の捕縛(ほばく)は紫苑が?」

「はい、夢幻さまのご指示で。お堂には光祥殿も残っていて、医女のことはそこで匿っています」

 妥当かつ賢明な判断といえるだろう。春蘭は頷いた。

「お嬢さまはいかがでしたか? 煌凌とやらには会えましたか?」

「それがね、早上がりだったらしくて会えなかったの。だけど、代わりに別の羽林兵と顔見知りになって────」

 莞永や旺靖のことを軽く伝えておき、宮中での一連の出来事を打ち明ける。

「協力者が増えるのはありがたいことですね。ひとまず……明日の尋問が鍵でしょうか」

「ええ。院長のことは莞永が説得してくれたけど、どうなるか……」

 蕭家や航季の動向が不可解な以上、楽観的に構えてはいられない。
 まして春蘭には尋問に関わる余地もなく、明日は宮殿へ入り込むことがそもそもできないだろう。

「────旦那さまにお話ししてはいかがでしょうか」

 何気なく放たれた紫苑の提案はかなり的を射たものだった。
 春蘭ははっと顔をもたげる。

「そうね! そうするわ」

 宰相である元明は自由に宮廷を出入りできるだけでなく、王への謁見も容易に叶う。
 最初からそうするべきだったかもしれない。その威権(いけん)を思えば、手を借りない選択肢はないだろう。



 鳳邸へ帰り着くと、春蘭は父の書斎を(おとな)った。夜半は大抵、ここで書物(しょもつ)を読み(ふけ)っている。

「お父さま、入ってもいい?」

「……春蘭か。構わないよ」

 果たして思った通り、書斎からは灯りが漏れていた。断りを入れてから扉を開ける。
 中央の卓子(たくし)についていた元明は読みかけの書物を閉じた。

「何か話でもあるのかい?」

「ええ、ちょっと大事な話があって」
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