桜花彩麗伝

「……分かった」

 それでも元明は頷いた。卓子(たくし)の上で手を組む。

「できる限りのことはしよう。明朝、尋問の前に主上と話してみるよ」

 ぱっと春蘭の顔が晴れ、その瞳がひらめいた。

「ありがとう、お父さま……!」

 ────ほっとしたように書斎をあとにする春蘭の背を、複雑な心境で見送る。

 事態は水面下で想像以上に複雑に絡み合っていることだろう。
 覆すまではいかずとも、少しでも追い詰められれば(おん)の字だ。



     ◇



 翌朝、春蘭と紫苑の見送りを受け、元明の乗った軒車は朝の町を駆けていった。

 あらかじめ堂から呼び寄せた証人の医女も同乗し、宮廷への道を一直線に突き進む。
 難なく宮門を潜ると、ぎゅ、と記録日誌を抱える彼女を錦衣衛へ連れていった。

「……宰相殿」

 夜通し小門脇で見張りをしていた莞永が立ち上がる。旺靖はその隣で眠りこけていた。

「早いね、莞永くん。もしやここで夜を明かしたのかい?」

「ええ……まあ。ここを守り抜かないと、将軍がしてやられるんじゃないかって怖くて」

 仮に監視という役目を負わず寝床についていたとしても、一睡(いっすい)もできなかったにちがいない。
 朔弦たちの処遇は今日の尋問に懸かっているのだ。

「それもそうだね。きみからしたら気が気じゃないだろう」

「……はい。でも、お嬢さまが手を貸してくださって────あの、彼女は?」

 傍らに立つ医女に目を向けると、彼女は慌てたように一礼した。
 昨晩の春蘭と同じ格好をしているが、まさか彼女まで扮装とは言わないだろう。

「施療院に勤める医女だそうだよ。院長の罪を立証する証人だって」

「証人……!」

 はっとした。春蘭の言っていたのはまさしく彼女のことなのだろう。

「錦衣衛で保護しておいてもらおうと思ってここへ連れてきたんだ。わたしはこれから主上に会って、少し話してくるよ」

「承知しました。ただ……錦衣衛は信用できません」

「……何かあったのかい?」

「昨晩、蕭尚書がいらして院長を叩きのめしたんです。錦衣衛に引き渡してしまうと、彼女も同じ目に遭わされるか……最悪口封じされるんじゃないかと」
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