桜花彩麗伝
思わず呟いた航季だが、その答えはすぐに出た。
悠景らにとって絶望的な状況の中、鳳家が手を差し伸べる意味は明白である。
恩を売り、味方に引き入れるつもりなのだ。
義理堅い悠景は鳳家に忠誠を誓うにちがいない。朔弦の抜きん出た頭脳をも手持ちの武器として利用できる。
鳳家が彼らを陥落し、復讐を焚きつければ、窮地に立たされるのは蕭家だろう。
(ふたりの処刑を中止しなければ……)
彼らを消す機会を失うことにはなるが、鳳家に抱き込ませるよりマシだ。
今回ばかりは歯車が狂った。
すべてを元通りにするために、勢いを増した炎を一刻も早く鎮火させなければならない。
(いや、結局はあのふたりが消えればそれで白紙に戻る……。このままでいい、のか?)
懸命に考えを巡らせる航季の肩に手が置かれた。その重みではっと我に返る。
「己の尻は己で拭うのが筋だ。……言っている意味は分かるな?」
「で、ですが、鳳家が介入してきては────」
「黙らぬか! 証人と証拠を消さねば、我々に助かる道はない。たとえそなたが死んでも必ず果たせ」
容燕の鋭い双眸に射すくめられた航季は、剣がおさめられた鞘を震える手で握り締めた。
「……尋問が始まる前に、始末します」
数度頷いた容燕の手は離れたものの、重みは残ったままであった。
「せっかく鳳の奴を足止めしておいたというに……。この役立たずが」
◇
錦衣衛の小門脇に潜んでいる莞永たちのもとへ、真っ青な旺靖が駆けてきた。
「どうしよう……! お、俺……俺はなんてことを……っ」
「旺靖?」
着替えにいったはずだが衣は土汚れがついたままであるし、玉のような汗をかいて全身を震わせている。
「それ、怪我してるのか……?」
赤色の滲む襟をずらしてみると、首には切り傷が刻まれていた。幸いにも傷は浅いようだが、ただごとではない。
「こんなのはどうでもいいんすよ! 俺、さっき侍中と尚書に遭遇して……問い詰められて、お嬢さまのこととか色々話しちまいました!」
莞永の手を振り払い、泣きそうな顔で打ち明けた。
「え……」
「尚書が“始末する”とか言ってたんで……たぶん、もうすぐここに────」