美形義兄×5! ~人間不信な姫の溺愛生活~
「あ、雫宮」
「当主様」
皐月家専属庭師力作の庭を歩いていると。
「お義父さんと呼んでくれないのかな」
ばったり当主様に会った。
悲しげに目を伏せられ、心の中で戸惑う。
私は相変わらず表情は出てないらしく。
「・・・貴方様がお望みとあらば」
敬意を表すように、仰々しく一礼する。
「ふふ、優雅な礼だね。うちの執事よりも綺麗なんじゃないかな?」
当主様改めお義父さんがそう言って柔らかな笑みを浮かべた。
「雫宮は庭がお気に入りなんだよね。庭師から聞いたよ。『お嬢様が庭を気に入ってくださっている!これぞ生きがい・・・!』って興奮してたんだ」
彼は少し癖のある人だから・・・。
褒められれば更なる高みを目指す・・・前に、引くほどに興奮して発狂する。
そして次の日には庭が少し・・・いや、結構変わっているのだ。
「植物が好きなのかい?」
「亡くなった兄が好きでした。花言葉などを調べて毎日花を送ってくれまして。それから花は兄という定義と言いますか、ができたんです」
隣にあったピンクの花弁をした花をそっと撫でる。
柔らかい花びらは私の手をすり抜け、仲間のもとへ帰って行った。
「それはムクゲだね。庭師が好きな花でね、一年中咲かすコトができたんだよ。まだどこにも知らせていない秘密さ」
どこか誇らしげに語るお義父さん。
「なるほど・・・この花もよく兄が持ってきていました」
長男だから、お小遣いもお年玉も多かったのかもしれない。
でも毎日一輪だけど、お金が足りない気がした。
だから、ある日私はお兄ちゃんにこっそりついて行った。
『いつもありがとねぇ、可愛い妹ちゃんのためにこれ、持ってってやりな」
花屋のおばちゃんが、お兄ちゃんに花を上げていた。
最初はお金を払っていたみたいけど、私に花を上げていると知ったおばちゃんが一日一輪だけ、花をくれているんだそうだ。
「雫宮にも実の兄がいたんだね」
「はい、とても慕っておりました。喧嘩もなく・・・最期まで、仲良しでしたよ」
「最期まで、ね・・・そうかい、それはいいコトだ。うちの息子もたまに喧嘩するけどいい子たちだろう?」
「はい、とても」
息子から愛を貰えなくても、お義父さんは義兄たちを愛し、大切に、自慢に思っている。
まったく、どこですれ違ってしまったのか・・・。
「あ、当主様、お嬢様!」
私たちの会話に、聞きなれた男性の声が入る。
「こんにちは、天野さん」
庭師の天野さんだ、あのちょっと変わった人。
「植物の観賞でしょうか?」
「私はそうです。当主さ・・・お義父さんは・・・」
「僕も庭を見に見たんだよ」
気分転換になるよね、とお義父さんが笑う。
「私も庭がお気に入りです。・・・あそこの小さな丘の上から、バラ園とお花畑が見えるのが」
少し離れた場所にある小さな丘から今いる花畑を見ると、虹に見えるのだ。
よく、この柄(?)も変わって、蝶になったり鳥になったり。
「嬉しいです・・・若様方はめったに庭に来られませんから」
・・・たしかに、義兄たちは庭に行こうとしない。
ちなみに若様というのは義兄たちのコトだ。
「お嬢様の成長も感じられますしね」
そう、私も成長したのだ。
喋る時、前は「・・・あ」だったのに、今では「あ」になった。
つまり、話すのがスムーズになったのだ。
「お嬢様の表情の変化もですね」
天野さんは庭師なので、植物と同じように人や物の変化にも敏感なんだそう。
お義父さんと雲母も同じことを言ってくれたし、このまま頑張れば感情も顔に出るだろう。
「・・・っと失礼。つい当主様とお嬢様のお姿が目に入ったもので・・・私はこれで」
天野さんは我に返ったように一礼し、少し歩いて建物の角を曲がる。
普通に礼儀は正しい人なんだけど。
「・・・あぁ、呼び止めてごめんね?」
「いえ、お気になさらず。ところでお義父さん、最近ずっと家に居るような気がしますが・・・いいのですか?お仕事は」
私がずっと疑問に思っていたこと。
今までずっと仕事で忙しくて家に帰ってきていなかったのに、ここ2週間はこの家に居る。
「少しでも長く息子や娘といたいからね。先に仕事を終わらせて、連続して休もうと思って」
「なるほど、ではあとどのくらいいらっしゃるので?」
「もちろん部屋での仕事もあるけど・・・2年は家に居れるよ」
なんと、そんなに働いていたとは。
「秘書の男の子(大人です)にも心配されてて、最近は私が全然休まないから怒って泣いちゃってね。だから休みをもらったんだけど、その秘書の手回しで2年は家で働けるようになったんだ」
・・・秘書さん、強し。
「そういえば雫宮は料理してくれてるみたいだね?」
「はい、一応は。・・・あ、お義父さんの分は・・・朔兄に作ってもらいましょうか」
こういう時、思う。
なんでシェフ解雇したの・・・?と。
「なんで?朔冴の料理も食べたいけど、僕は雫宮の料理が食べたいな」
お義父さんは最近家に居るけど、義兄と一緒に食事を摂るのは気まずいのか、ずっと部屋で食べている。
当主様のお願いで使用人が栄養価の高いお弁当を買ってきているそうだ。
それをわかっているのかわかっていないのか。
もしかしたら察しているのかもしれないけど、義兄はお義父さんについては何も言わずに「美味しい」「美味しい」と食べてくれていた。
・・・寂しい、だろうに。
幼いころから我慢してきた、だろうに。
兄弟だけで悲しみを乗り越えてきた、だろうに。
今更帰ってきた父を受け止めるのは難しいのだろう。
でも、私がお義父さんと話していると、視線を感じるコトがある。
その視線は、悔しそうでも、悲しそうでもあり・・・羨ましそうでもあった。
・・・まずは、一歩から。
お義父さんが料理の話題を出してきたというコトは、今夜から一緒に食事をとるんだろう。
「あぁ。冷えてきたね。中に入ろうか」
お義父さんは大袈裟にブルリと震え、コートを引っ張る。
「・・・お義父さん、ご飯が出来たら部屋まで呼びに行きますね」
「っ直接来てくれるの。・・・ありがとう、何十年ぶりかな」
誰かと食事を摂るのは、とお義父さんが泣きそうな顔で笑う。
「僕は息子たちに話しかけられることもないからね・・・雫宮が僕と仲良くなったら息子たちも同じように仲良くなってくれるのかな」
「さぁ・・・それは各々の心情次第じゃないですか?」
私にはわかりかねる。
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、お義父さんはニッコリ笑った。
「伊毬もよかったね、こんないい子のファーストキスを奪えて」
・・・は。
この人・・・知って、る?
「なんで・・・」
「まぁ、直接話すコトはないとはいえ顔を合わせることはあるからね。雫宮を見る目に執着が入ったのが感じられたころから薄々気づいていたよ」
毬兄・・・わかりすぎやしないか。
「雫宮は・・・僕が望むコトが分かるのかな?」
「・・・えぇ、なんとなくは」
「じゃあ、息子たちが大切ならその息子を思った決断をよろしくね、次期当主サマ?」
悪戯っぽく微笑み、お義父さんはどこかへ消えて行った。
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