天才外科医は仮初の妻を手放したくない

新しい生活

今日は早くも引っ越しの日。

陽斗は私のために、大型トラックと引っ越し業者のスタッフを数名用意してくれた。
しかし、一人暮らしでもともと物が少ない私は、あっという間に荷物を積み終わってしまったのだ。

「西園寺さん、荷物はこれで全てですか？…西園寺さん？」

私が返事をしないので、スタッフは何度も名前を呼んだ。

そうなのだ、私はすでに西園寺ではないか。
自分のことだと気づき、慌てて返事をする。

「は…はい。申し訳ございません。まだ名前に慣れなくて…」

すると、スタッフの中にいた、少し年配の女性が笑顔で声を出した。

「そうですよね…わかりますよ。私も最初はなんだか恥ずかしくてね…でも愛する彼の苗字で呼ばれる嬉しさもあるでしょう。」

「え、…ええ。そうですよね。」

私は作り笑いをするしかなかった。
愛するどころか、ほとんど知らない男の苗字で呼ばれることが嬉しいわけはない。
むしろ、違和感ばかりだ。

古い昔ながらのアパートに住んでいた私は、隣に住む大家さんへ出発前に挨拶することにした。
面倒見の良い大家さんのおばちゃんは、実家を離れてから、第二の母親のような存在だった。

“ピンポーン”

呼び鈴を鳴らすと、いつもの優しい声が聞こえた。

「はーい。」

そしておばちゃんがドアを開けると、こちらを見て驚いた表情をした。

「まぁ、澪ちゃん、素敵な旦那様ね。」

「…へっ？」

私は驚いて自分の後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか陽斗の姿があったのだ。
いつの間に来たのだろう。
いろいろ考えていると、陽斗は笑顔で挨拶を始めたではないか。

「澪がこれまで大変お世話になりました。夫の西園寺です。」

「まぁ、まぁ、…本当にイケメンねぇ。」

おばちゃんは陽斗を見て頬を赤くしている。
確かに陽斗は驚くほどに整った容姿の男性だ。
この反応も当然ではある。