天才外科医は仮初の妻を手放したくない

陽斗が見せたくない部屋を見てしまったという罪悪感は少しあったが、それよりもなんだか少し嬉しいと感じてしまった。
あんなにも完璧な男性であるように見える陽斗が、実はこんな一面があることが嬉しかったのだ。
彼も普通の人間なんだと親しみを感じた。
自然と口角が上がってしまった。

引っ越しの準備でここ数日忙しくしていた私は、部屋を一通り見終えてリビングのソファーに座ると、間もなくして寝てしまっていたようだ。
結婚式からまだ数日しか経っていない。
この短い期間で引っ越しの手続きや、いろいろな準備で睡眠時間もろくに取れていなかったのだ。

しかし、その眠りを覚ますように、いきなり私の携帯が大きな音を出したのだった。
私は目を擦りながら電話に応答した。
電話の相手は幼馴染の、前坂 理久(まえさか りく)だった。

「はい…理久?どうしたの?」

すると理久は少し慌てているように話し始めた。

「おい、澪、どうしたのと聞きたいのは俺の方だよ。今日は東京に来ているから澪の勤めているホテルに行ったんだ、そしたらずっとお休みだといわれたぞ!どうしたんだよ。」

理久は2歳年上の幼馴染だ。
近所にあった老舗の酒屋の一人息子。
家が近い事もあって、私が幼稚園のころからお兄ちゃんのように面倒を見てくれていたのだ。
いじめっ子に虐められた時も、理久は必ず助けてくれるお兄ちゃんだった。
小さい頃から強かった理久は、学生時代にはラグビーをしていた。
体系はかなりマッチョだが、すっきりとした目鼻立ちの爽やかラガーマンといった風貌だ。

「あぁ…うん。いろいろあってね。今は仮初だけどある人の妻役をしているんだ。期間限定だけどね。」

「はぁ?澪、なんだよ妻役って、誰かの代わりでもしているのか?」

「どうしてもって頼まれちゃって…私の悪い癖だよね。」

理久は私の話を聞くと、大きく溜息をついた。
そして、少しの沈黙の後、怒ったような口調で話し出した。

「澪、とりあえずどこかで会わないか?その時に詳しく教えてくれ。」

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