天才外科医は仮初の妻を手放したくない

陽斗は車を走らせ、東京から神奈川方面に向かっているようだ。
陽斗は運転する姿も絵になり過ぎている。
なんだか隣に座っているのが恥ずかしくなりそうだ。

「澪、海は好きか？」

「はい、私の実家も海に近かったので、海は大好きです。」

「そうか、良かった。これから海が見えるところで、俺が好きな場所に澪を連れて行きたいんだ。」


車は横須賀方面に向かいさらに海沿いへと向かっている。
海が近づいて来ると、小さなトンネルがいくつか現れる。

そして、少し開けた場所に出ると、そこには小さな灯台があったのだ。

「ここは、観音崎という場所なんだ。季節にもよるが、意外と人が少なくて穴場スポットだと俺は思っている。」

灯台の近くに車を止めると、目の前には広い海が目に飛びこんでくる。
波の音と潮の香りが心地よい。

陽斗は岩の合間にある小さな砂浜に向かって歩き出した。
そして靴を脱いで裸足になると、私の方に向かって手を差し伸べたのだ。

「澪、気持ちいいぞ、こっちにおいで。」

私も陽斗と同じように靴を脱いで裸足り、砂浜を歩き陽斗の手を握った。

あまり波はないが遠くには貨物船が何艘か見える。
海と空の青さが気持ちよく、吸い込まれてしまいそうに感じる。
海を体全体で感じられてとても心地よい。


「陽斗さん、すごく気持ち良いですね。連れて来てくださりありがとうございます。」

すると陽斗は静かに目を閉じた。

「俺はこの場所でゆっくりと波の音や、カモメの鳴く声、風の音、そのほか自然の作り出す音が大好きなんだ。それにこの潮の香りは身体が綺麗に浄化される感じがするんだ。」

陽斗が言った通りに目を閉じてみる。
すると、今まで気が付かなかった風の音や自然の音が耳に心地よく飛び込んでくる。

「…陽斗さん、聞こえます。なんかこの場所で自然に溶け込んでしまいそうです。」

私達は少しの間、静かにこの場所で目を閉じていた。
気づけば陽斗さんは、しっかり私の手を握ってくれている。
不思議な安心感で心が温かくなって来る。


少しして陽斗が指差しをしながら話し出した。

「澪、あの白い建物が横須賀美術館だ。あの場所でランチも最高なんだ。」

そこには白く四角い綺麗な建物が建っている。
美術館でランチなんてとても楽しみだ。