天才外科医は仮初の妻を手放したくない

一面ガラス張りのレストラン、海が一望できる素敵なイタリアンが美術館の中にある。
ランチのコースは、パスタやピッツァ、メイン料理が選べるようだ。

「澪、メイン料理は何が好きなのかな？」

どれも美味しそうで迷ってしまう。

「陽斗さんのおすすめでお願いします。」

ただ料理を選べなかったわけでは無かった。
陽斗の好きな物や彼のことを知りたかったという理由もある。

「後で怒るなよ。」

陽斗は冗談を言いながら、おすすめの魚料理を選んでくれた。
彼の選ぶものや好きな物を知っていくことが不思議と楽しくなってきていた。



ちょうどランチのコースを食べ終えた時だった。

レストランの入り口で誰かが大きな声を上げたのだ。

「大変だ、誰か来てくれ、急に人が倒れたんだ！」

声を聞くなり、陽斗はすぐに立ち上がりレストランの入り口へと走った。
陽斗の後を追い、私もそこへ駆け寄ると、そこには高齢の女性が苦しそうに床に倒れていたのだ。

陽斗はすぐにその女性に声を掛けた。

「大丈夫ですか？私は医者です。どこが苦しいのですか。」

陽斗は女性を安心させるように手を握り、自分は医者だと告げたのだ。
どうやら胸が苦しいと言っているようだった。

すると陽斗は横にいた私の方を見た。

「澪、すぐに救急車を呼んでくれ！」

「は…はい！」

私は急ぎ携帯電話で救急車を呼んだ。
ホテルでも救急の訓練は受けているはずなのに、実際の現場に手が震えてしまう。

少しして救急車が到着。
陽斗は救急隊に症状を引き継ぐと、最後に女性へ声を掛けた。

「もう大丈夫ですよ。頑張りましたね。」

陽斗が医師であるということを目の当たりにした瞬間でもあった。
天才外科医と言われているらしいが、この人は命を預かる医師と言う仕事に真っすぐに向き合っているのだと感じた。