天才外科医は仮初の妻を手放したくない

「澪、整形外科に知り合いの医師がいる。まずはそこで診てもらおう。」

私は陽斗に連れられて、整形外科の外来受付に来ていた。
陽斗と一緒に居る私に周りの人の視線が痛いほど感じる。
これだけ目立つイケメンの陽斗なので仕方のない事なのだろう。

受付で陽斗が書類の記入などをしていると、奥の診察室から一人の女医が出て来たのだ。
そして、こちらに近づいて来たので何気なく顔を見た時、心臓がドクンと大きく音を立てた。
それもそのはず、この女医は昨日私の頬を叩いた張本人ではないか。

陽斗はその女医に声を掛けた。

「早乙女君、ちょうど良かった。俺の妻が頬をぶつけたようなんだ。診てくれないか。」

私は驚きで声が出ない。
しかし早乙女と言われた女医は微笑んで私に話し掛けたのだ。

「西園寺君の奥様ですね。初めまして。私は西園寺君と医学部のころから同級生なの。早乙女真理と言います。よろしくね。」

早乙女は白々しく私に握手を求めるように手を出した。
私は緊張で動けずにいた。
すると、陽斗が不思議そうに声を掛けた。

「澪?どうしたんだ。早乙女は恐そうに見えるかもしれないが、腕は確かな医師だから安心して大丈夫だ。さぁ診てもらっておいで。」

その時、私は緊張と恐怖から吐き気がしてしまったのだ。

「陽斗さん、本当に診察して頂かなくても大丈夫です。私、少し具合が悪いので失礼いたします。」

私は近くにある女性用トイレに飛び込んだ。
そして、個室に入りその場で崩れるように座り込み嘔吐した。

なんという事だろう。
昨日、私に自分は陽斗の彼女だと言った女性は、この病院の整形外科医で陽斗とは学生時代からの同級生だという。

そして、自分で叩いておきながら、平然と私に笑顔で挨拶するなんて、恐い女性である。

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