天才外科医は仮初の妻を手放したくない
町は以前と変わらない懐かしい店が並んでいた。
学生時代に良く通っていた喫茶店もある。
ここは以前に理久がアルバイトしていた店だ。
「懐かしいな…喫茶いこい。古臭い入り口も昔のままなんだな。澪、ちょっとここで休むとするか。」
店に入るとマスターが目尻を下げてこちらを見た。
「理久と澪ちゃんじゃないかい。久しぶりだね…澪ちゃんはすっかり綺麗になったね。」
マスターは私達のことを覚えていてくれた。
この町は何もかもが懐かしく、皆が優しい。
やはり故郷はとても落ち着くのだ。
「なぁ、澪。…もう東京に帰らずここで暮らさないか?」
「…っえ…でも…急に言われても…わからないよ。」
「澪が傷ついたり、悩む姿はもう見たくないんだ。ここでゆっくり暮らして行こう。俺は澪を泣かせたりしない。ずっと俺の目の届くところで澪を守りたいんだ。」
確かにここでの暮らしはゆっくりと平和に過ごして行けるのだろう。
ただ、それで良いのか今はまだ決められない自分がいたのだった。
そして、今になって気が付いたこともあった。
理久は昔から優しかった。
しかし、私が新しい事を始めたり、知らない所に行くことを、いつも反対したことを思い出した。
理久は自分の籠の中に私を閉じ込めておきたいのではないだろうか。