天才外科医は仮初の妻を手放したくない
私が声の方に振り返った時、私の心臓はドクリと大きな音を立てた。
声が出ないが、心臓の音だけがドクドクと自分の中で鳴り響いている。
私を呼んだのは陽斗だったのだ。
なぜ陽斗がここにいるのか分からないが、陽斗がとても不安そうな顔をしているののが分かった。
「…澪、その男性は誰なのかい?」
陽斗の声に気が付いたのは理久も同じだった。
理久は陽斗を見ると急に酔いがさめたように真っすぐ立ち上がった。
「お前こそ誰なんだ。」
理久の声に陽斗が応えた。
「僕は西園寺陽斗だ。今は澪の夫だ。」
「お前が西園寺か!澪の夫だとよく言えるな。こんなにも澪を泣かせておいて今さら何を言いに来たんだ。」
理久が陽斗に掴みかかるような勢いだった。
私は咄嗟に陽斗を庇う様に彼の前に立ち、理久を遮った。
「理久!やめて!」
理久は私の勢いに驚き、次の瞬間に悲しい表情を浮かべたのだ。
「…澪、なぜお前はこいつを庇うんだ。こいつのせいで澪は辛い思いをさせられたんだろ…なんでだよ。」
私は自分でも分からなかった。
ただどうしても陽斗を悪く言われたくなかったのは事実だ。
「西園寺陽斗は私の夫です。彼がどう思っているかはわからないけれど、私の大切な人を悪く言われたくないの。」
理久は驚いた表情をしたが、少しして陽斗に向かって静かに話し始めた。
「西園寺さん、2つ頼みたい事がある。」