天才外科医は仮初の妻を手放したくない
「まぁ、ドレスもピッタリですごく綺麗よ。」
私にドレスを着せながら、微笑んだのは美粧室でチーフをしている安藤だ。
安藤は私がフロントの婚礼を担当するようになってから、いろいろ教えてもらっているお姉さんのような存在だっだ。
安藤は私が新婦役をすると聞き、驚きのあまり暫く口を開けたまま固まったしまったくらいだ。
「それにしても、澪ちゃんが新婦の代役を務めるなんて驚いたわよ。それに相手はあの有名な西園寺さんでしょ?」
安藤は西園寺を知っているようだ。
「えっ?西園寺さんはそんなに有名なの?」
すると、安藤は呆れたような表情をした。
「澪ちゃん、あの西園寺陽斗を知らないの?財閥系の家柄で職業は医者なの。それもただの医者じゃないのよ、天才外科医と言われているのよ。おまけにあの完璧なルックスでしょ…一般人なのにかなり有名人よ。」
確かに西園寺家の婚礼は豪華なことは知っていた。
朝に行われたミーティングでも西園寺家の婚礼はVIP扱いでかなり盛大になると説明を受けていたのだ。
だが、新郎の西園寺陽斗がそんなにも有名人とは知らなかったのだ。
「安藤チーフ…どうしよう…とんでもないこと引き受けちゃったみたいですね。」
衣装もヘアメイクもすべて完了した私は新婦控室へと案内された。
そこには新婦の両親が心配そうな顔で待っていたのだ。
私が部屋に入るなり母親が私に駆け寄り両手を掴んだ。
「なんと御礼を言って良いか分からないわ…大変なことを引き受けて頂いて、本当に感謝しているわ。」
私は本当の新婦の事を聞こうと声を出した瞬間に、母親は私の声を遮るように話を続けた。
「…あなたの聞きたいことは分かっているわ…娘の事よね?…お恥ずかしい話しだけど…今日の朝、書き置きを残して出て行ってしまったのよ。」
「…出て行ったとは?」
「あの子には好きな男性がいたのよ…でも、私達は一条家のためにあの子を西園寺家に嫁がせたかったの。西園寺との繋がりがあると皆に知ってもらえば、一条の仕事も安泰なの。…まさか駆け落ちするなんて思わなかったのよ。」
「か…駆け落ち?ではお嬢様が戻るまでの代わりと言っても、お戻りにならないのではないでしょうか!?」
両親は申し訳なさそうに頷くのだった。
その瞬間に私の頭は真っ白になった。
戻るまでのピンチヒッターどころではない。これではお嬢様の代わりをしっかり務めさせられるという事ではないか。
「ま、ま、まってください!!それでは約束が違います!私はあくまでも戻るまでの代役ではないのですか?」