天才外科医は仮初の妻を手放したくない
理久が家に入ってしまった後、私は陽斗の方を向いた。
「陽斗さん、どうしてここが分ったのですか?」
すると陽斗は少し申し訳なさそうな表情をした。
「あれから澪に謝りたくて、君に連絡をしたが返事が無かった。だから悪いと思ったが君の勤めていたホテルに行って支配人に頼んだんだ。澪の実家を教えてくれとね…本来は教えてくれないだろうが、今回ばかりは西園寺家の圧力を使わせてもらい卑怯な手を使ったんだ。そしてやっと澪の実家の住所がわかった。」
「…陽斗さんに謝って頂くことなんてありません。私は逃げただけなんです。」
陽斗は私の言葉に大きく首を横に振った。
そして私の手を両手で握った。
「…澪、すまない。俺は知らなかったんだ。澪の頬を怪我させたのが早乙女だったとはね。」
「な…なぜそのことを知っているのですか…早乙女さんが恋人だからなのですか。」
陽斗はさらに大きく首を振りながら最後に深く頭を下げたのだった。
「あの後、澪が早乙女を見てあきらかに様子がおかしかったので、早乙女を問いただしたんだ。それであいつが澪を叩いたと白状したよ。早乙女とは確かに昔、付き合ったことはある。言い寄られて断らなかっただけなんだ。恥ずかしい話だが以前の俺は、恋人なんて面倒だったから適当に遊んでいたんだよ。その中の一人が早乙女だった。」
「彼女とは別れていないのですよね…。」
「信じてもらえないかも知れないが、結婚が決まり、俺はさすがに彼女たちと別れることにした。政略結婚であってもそこは守らなくてはいけないと思っていたんだ。しかし、早乙女は納得してくれなかったんだ。…でもすべて俺が悪いんだ…許してくれとは言わないが、澪に謝りたかった。」
「…陽斗さん。私は自分でも分からないのです…実家に戻り思い出すのは、あなたのことばかりだった。まだ会って間もないのに、すでに忘れられない人になっていたみたいです。…私は変ですよね。」