天才外科医は仮初の妻を手放したくない
「父さん、遅くなりました。」
陽斗が父親に声を掛けた。
ここは陽斗の実家である西園寺家のお屋敷だ。
豪華な日本家屋は昔の城をイメージさせるほど立派な佇まいだ。
日本を代表する西園寺家だと改めて思わせるものだった。
和室である客間には陽斗の父親、母親、そしてもう一人女性が座っていたのだった。
部屋に入って来た陽斗に父親が声を掛けた。
「陽斗、突然に呼び出して悪かったな。」
私達が席に着くと、少しして父親が皆に向かって話しを始めた。
「こちらにいる女性は、一条 麗香(いちじょう れいか)さんだ。陽斗はもう気づいたと思うが、本物の婚約者だ。」
なんという事だろう、陽斗が結婚式を挙げる予定だった張本人ではないか。
陽斗は驚きを隠せず、思わず声を上げた。
「なぜ今あなたはここに居るのですか?結婚式当日に他の男性と駆け落ちしたと聞いていますよ。」
するとその女性は、悪びれた様子もなく、笑顔を向けて話し始めたのだ。
「ほんの少しだけ、自分の両親を驚かしたかっただけなのよ。遊びの男はもちろんいるけど、結婚なんてしないわ。だって私は西園寺家の嫁になるのですからね。」
陽斗は彼女の話に声を詰まらせた。
「あ…あなたは、何をおっしゃっているのですか…私はもうすでに…」
陽斗の言葉を遮ったのは、陽斗の父親だった。
「以前から、西園寺家と一条家の婚約は決まっていたことだ。」
「父さん!!」
父は陽斗の言葉を全く聞こうとしていない。
そして、今度は陽斗の母親が話し始めた。
「澪さんだったかしら…今まで陽斗の妻役をお願いしていたけど、もう今日限りその役目は終わりで結構です。」
陽斗が今度は母親に向かって声を出す。
「母さん!何を勝手に決めているのですか、澪はすでに私の妻なんですよ。」
母親は目を閉じて陽斗の言葉は聞こえないふりをした。
すると、今度は一条麗香が陽斗へ話しを始めた。
「陽斗さん、もし澪さんが大切ならば愛人でも良いですよ。私は白い結婚でも構いませんから。」