天才外科医は仮初の妻を手放したくない
陽斗はいきなりその場で立ちあがると、私の手を握った。
「澪、もうこの人達と話すことは無い。帰ろう!」
陽斗が私の手を引いて部屋を出ようとした時だった。
父親は大きな声を出した。
「お前は全てを失ってもいいのだな。もしこのまま出て行くのなら、もう病院にもお前の席は無い物と思え。西園寺の顔に泥を塗るような息子はこの家から勘当だ。」
私は陽斗さんの手を引いて足を止めさせた。
「陽斗さん、全てを失うなんてダメです。席に戻りましょう。」
しかし、陽斗は首を横に振ったのだ。
そして私の手を掴んだまま部屋から歩き出してしまった。
玄関にたどり着くと黒いスーツで初老の使用人らしき人が陽斗を引き留めた。
「陽斗ぼっちゃま、どうかお考え直しください。旦那様は本気ですよ。西園寺を引き継ぐのはぼっちゃまです。どうか…」
すると陽斗はその男性に向かって微笑みをむけた。
「村瀬、悪いな。西園寺の家にはもううんざりなんだよ。僕は人形じゃない。意思のある人間なんだ。あんな奴らと一緒にしないでくれ!」
村瀬と呼ばれた男性が引き留めるが、陽斗は私の手を握ったまま玄関から出てしまったのだ。
「陽斗さん!本当にこれで良いのですか。」
陽斗はその場で立ち止まると、私の方を真っすぐ向き、両肩に手を置いた。
「澪、俺はこれから全てを失うかもしれない。西園寺の御曹司でもなく、ただの医者だ。それでも澪はついて来てくれるか?」
私は陽斗の目をしっかりと見ながら言葉を出した。
「私は西園寺家が好きな訳でもないし、御曹司だから好きな訳でもありません。西園寺陽斗という一人の男性に惹かれたんです。全てを失うなら、一緒に頑張りましょう。私だって働けるんですからね。」
私は努めて笑顔を見せて話をしたのだった。