天才外科医は仮初の妻を手放したくない

私と陽斗が島に来てもうすぐ半年になろうとしている。
月日の経つのは早いものだ。

日下部も最近では診療所の大きな戦力になって来ている。
島のお年寄りからは、可愛い孫のようだと慕われているのだ。

そんなある日、いつも通りに今日の診療が終わり、片付けをしている時だった。
陽斗の携帯電話に一本の電話が入ったのだ。


「あぁ、誰かと思えば村瀬か久しぶりだな…」

陽斗は電話の相手に村瀬と言っている。
村瀬とは、確か陽斗の実家で働いている初老の男性の名前だ。
陽斗が出て行く時に、玄関で最後に引き止めた男性の名前のはずだ。


「なんだって!…でも、俺にはもう関係ない。俺は勘当された身なんだからな。」


陽斗は電話で声を荒げたが、すぐに電話を切ってしまったのだ。

何があったのだろうか。

陽斗の表情から何か良くない事が起こったことはすぐにわかった。


「陽斗さん、伺って良いか分かりませんが、何かあったのでは?」


すると、少しの間無言で沈黙した陽斗だったが、小さな声を出したのだ。


「親父が倒れたらしい…。」


「陽斗さん!すぐに帰りましょう!今ならまだ今日の最終便の船に間に合います。」


私が大きな声をだしても、陽斗は首を振り目を閉じて座り込んでしまった。

私は陽斗に怒られても、彼に後悔はさせたくないと考えた。
急いで陽斗と私の必要なものを鞄に詰めて出かける準備をした。
今私が出来ることをしようと体を動かした。

そんな私を見て陽斗が口を開いた。

「澪、気持ちは嬉しいが、この診療所はどうするんだ。明日だって来る患者がいるんだぞ。」

その時、後ろから入って来たのは日下部だった。
彼は笑顔で陽斗の前に立ったのだ。

「西園寺先生、僕はまだまだ未熟ですが、先生のいない間は僕が頑張ります。だから、安心して行ってきてください。それに今は先生方のお陰で、重症な患者さんはすぐに大きな病院にも運ぶ連携が出来ていますから。」

日下部の言葉を聞いても、陽斗はその場で腕組みをして目を閉じたままだった。

私は堪らず陽斗の前で大きな声を出した。

「私は、後悔したくないんです!陽斗さん以前に言ってましたよね?大久保さんが来てくれた時に、目の前の患者を助けるのが医者だって!だからお父様を医者として救わなくてどうするのですか!」

私は少し強引に陽斗の腕を引いて荷物を持つと、船の出る港へと歩き出したのだ。

すると、そこへ通りかかった島の人が車から声を掛けて来た。
いつも診療所に来ている駐在さんだった。

「先生!船に乗るんかい?じゃあ、港まで送るからすぐに車に乗ってくれ。」

歩くと15分以上かかる港までの道だが、車なら5分だ。
私と陽斗は車に乗せてもらって港に着いた。

駐在さんは港に着いた陽斗に手を振った。

「先生、お気をつけて行ってきてくださいね。診療所は日下部先生がいるからこっちは心配しないで大丈夫ですよ!」

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