天才外科医は仮初の妻を手放したくない
それからどれくらい時間が経ったのだろう。
窓からは白い光が差し始めている。
もう朝になってしまっていたようだ。
まだ陽斗の手術は続いている。
私は窓から差し込む太陽の光に向かって、思わず手を合わせて目を閉じた。
少しするとその時、パタパタと看護師が私の方に向かって走って来たのだ。
「西園寺先生の奥様ですよね…どうぞこちらへ来て下さい。」
看護師の女性に呼ばれて、私は後ろをついて行くと、そこは大きな個室の病室だった。
中に入ると、そこには眠っているお父さんと、その横に陽斗が立っていた。
陽斗は私が入って来たことに気が付くと、こちらを見て笑顔を向けたのだ。
「澪、君のお陰で親父は助かったよ…ありがとう。」
私は何を言って良いのか分からず声が出ないが、自然と涙がポロポロと頬に流れたのだった。
あんなにも非情に見えた母親もお父さんの手を握って涙を流していたのだった。
陽斗は後の処置を看護師にお願いすると、私の手を引いて病室を出た。
病室の外にはいつの間にか、大久保や西園寺家の村瀬達が待っていたのだった。
村瀬は陽斗に向かって深々とお辞儀をした。
「陽斗ぼっちゃま、本当にありがとうございます。」
すると陽斗は村瀬に向かって話し出した。
「御礼を言うなら、僕じゃなくて、澪に言ってくれ。僕をここに連れて来たのは、澪なんだ。」
陽斗の言葉を聞くと、村瀬は私の方に向きを変えて深くお辞儀をしたのだった。
横で見ていた大久保が陽斗の肩をポンと叩いた。
「西園寺、お前はやっぱりすごいよ。まさに天才外科医だな。」
「あらためて言うなよ、そんなことお前から言われても嬉しくない!」
「な…なんだってぇ!」
大久保と陽斗は二人で冗談を言いながら笑い合っていた。
なんだかとても素敵な二人だった。